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5.気づいてしまった気持ち(1)
遠くから、黒い人影が少しずつ、近づいてくる。
徐々に姿が見えてくると。その姿は。
「要」
なんで、お前が。なんで、お前が、いるんだ。
「要」
手が伸びてきて、俺をつかもうとして。
「要」
やめてくれっ!!亮平っ。
「やめろっ!!」
「要っ!」
目の前にいたのは、鴻上さん。飛び起きた俺の肩を掴んで、心配そうに俺を見つめている。
「要、大丈夫、大丈夫だから」
「こ、鴻上さん……」
「大丈夫だ……」
ゆっくりと、抱きしめて、背中を軽くトントンと叩いてる。落ち着かせようと耳元で優しく、宥めるようにつぶやく。そのおかげか、息が少しずつ落ち着いてくる。
「鴻上さん……」
「いいよ、前みたいに柊翔って呼べよ」
「!?」
「大丈夫だから」
背中を叩く柊翔の手は、まるで俺の恐怖を払い落そうとしてくれているようで、自然に涙がこぼれてきた。落ち着いてくると、この部屋が、どこだかわかってきた。
柊翔の部屋だ。
この前、すき焼き鍋に呼ばれた時は、入らなかったから、小学生以来だ。あの頃に比べると、少し部屋を狭く感じたのは、俺が大きくなったせいもあるかもしれない。
「あ、ありがとう……ございます……もう、大丈夫ですから」
「あ、ああ」
ぎこちなく、身体にまわしていた腕を離していく柊翔。
「ここって、柊翔……さんの部屋……ですよね」
「ああ。今日は泊まってけ。母さんは、もう、そのつもりだから」
「は、はい」
「おじさんには、うちの親父から連絡しといてもらう」
「……はい」
柊翔が、俺の頭を軽くポンポンと叩く。
「飲み物、飲むか?」
「……はい」
「少し、待ってろ」
そう言うと、柊翔は部屋を出て行った。
大きくため息をつきながら、柊翔のベッドから立ち上がる。部屋の片隅に置いてあった俺のバックに気づき、スマホを取り出した。LIMEのメッセージが2件。
ヤスと佐合さん。
『大丈夫になったら、連絡くれ』
『体調大丈夫?今日は誘ってくれてありがとう。すごく楽しかったよ。また、一緒に遊びに行こうね。』
「要、コーラでもいいか」
柊翔が急にドアを開けたから、思わず、身体がビクッとしてしまった。
「は、はい」
ペットボトルのコーラを渡しながら、"座れよ"と、ベッドのほうを指す。柊翔は勉強机の椅子に座ったので、俺も素直にベッドに腰を下ろした。
「ヤスくんたちか?」
俺の手にしているスマホに目をやりながら、コーラを口に持って行く柊翔。
「はい……あ、そういえば、試合は……」
「優勝したよ」
ゆっくりと微笑む柊翔の瞳は、優しかった。
「要のおかげ」
「……え?」
「要が来てくれたから、頑張れたんだ」
「……俺……応援できませんでした……」
あの時、あいつについていかなければ、柊翔の試合を応援できたのに、悔しさがにじみ出てくる。柊翔は勝ったけど、俺だって、その姿を見たかった。
「……でも、来てくれたからさ」
俺の目をじっと見て言った。
「お前がいる、そう思えたから、頑張れたんだ。だから、気にするな」
あまりにもジッと見られるので、なんだか恥ずかしくなる。柊翔の視線が、なんだか、いつもと違うような。いつもより……ちょっと……熱っぽい?
「そ、そうですかっ……つ、次の関東大会は、絶対、全部見に行きますからっ」
その熱から逃れるように、手元のコーラを飲んだ。
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