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5.気づいてしまった気持ち(6)

* * *  目を開けると、目の前に柊翔の顔があった。  あ。あれ?その顔の位置は?  横向きに寝ていた俺の顔の真正面。床に座った状態で、ベッドの端っこに頭をのせて……る……? 「……おはよう」  爽やかな朝の、爽やかな柊翔の声。なんで、目の前に柊翔がいるんだ? 「……お前、寝ぼけてる?」 「あ」  思い出した。昨夜、柊翔の家に泊まって……柊翔の部屋……あれ、俺、布団の方で寝てたはずなのに。 「おーい。」 「あ、お、おはようございます……」 「……お前、相変わらず、寝起きが悪いな」  クスクス笑いながら、寝たままの俺の頭をグリグリなでる。 「すみません……」  ゆっくりと身体を起こすと、柊翔はすでに剣道部の名前入りのジャージに着替えていた。 「あ。もしかして、今日も練習ですか?」 「ああ。出かける前に、お前の顔見ておこうと思って」 「す、すみませんっ!」  柊翔の優しい笑顔を見て、ようやっと、慌てなくちゃいけないと、自覚した。 「いいよ、もう少し寝てても」 「いやいや、起きますっ!」 「クスッ。じゃあ、見送りしてもらおうかな。」  スポーツバックを持って部屋を出て行く柊翔の後を、寝癖頭のまま、ついていく。 「今日は、このまま家に帰るのか?」 「あ、はい。それに、昨日病院行けなかったから、今日は顔を出してこないと……」 「そっか……昨日のこと、ちゃんと話をしたいんだけど」 「……」  俺も、ちゃんと聞かないといけない、と思ってはいたけど。 「……夕方、時間あるか?」 「たぶん」 「お前の家、行っていいか」 「……」 「落ち着いて話したいからさ」 「……はい」  さすがに、ファミレスとかで話す内容でもない。どうせ、今日だって、親父は接待ゴルフか何かでいないに違いない。 「学校出たら、連絡ください。駅まで迎えに行きます」 「ああ。それじゃ、後でな」  俺の頭を軽く撫でると、優しい笑顔を残して、出かけて行った。  柊翔が出かけてから、それほど間をおかず、俺も柊翔の家を出た。おばさんに、"朝ごはんを食っていけ"と言われて、素直にご馳走になったけど、病院に行くので、と、早めに帰ってきてしまった。  やることがある日は、一日があっという間に過ぎていく。それは、嫌なことを思いだす暇もないということで。母の見舞いを終えて、病院からバスで駅に着く頃、柊翔から"練習が終わった"とメールが来ることで、思い出した。  柊翔と話をしなければ、と。  これから家に帰ると、落ち着く暇もなく、すぐに駅に戻ってくることになる。このまま、駅で柊翔を待ってたほうが、二度手間にならなくていいはず。そして、この時間だと、家に着く頃には、夕飯を食べる時間になってしまうことに気づいた。  一応、親父とは昼間にメールをして、"外で食べて帰ってくる"と言われた。だから、自分のことだけ考えれば、夕飯はカップラーメンだけでもいいんだけど。わざわざ家まで来てくれる柊翔のことを考えると、昨日、世話になったこともあるから、何か食べていってもらったほうがいいのだろうか。  そう言ったって、大したものは作れやしないんだけど。  柊翔が現れたのは、空が真っ赤から濃紺へ変わろうとする頃。駅前のカフェで、アイスコーヒーを飲みながら待っていたら、 「待たせたな」  疲れた顔も見せずに、俺の目の前に座った。 「いえ、それほど待ってたわけじゃないですよ」  実際、アイスコーヒーを飲み終えた頃に現れたのだから。 「柊翔さん、夕飯、どうしますか」 「何か、食ってくか?」 「簡単なパスタでもよければ、俺、作りますよ」 「マジか。というか、お前、料理できんの?」  ……そんなに不思議そうな顔で見なくても。期待されなさすぎると、それはそれで凹む。

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