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5.気づいてしまった気持ち(7)
駅前で簡単に買い物をして、バスに乗る。三十分も歩けば家に着くけど、慣れてしまうとバスが楽で。これが運動不足の原因の一つかもしれない。
「ほとんど一本道なんだな」
バスの窓から、外の景色を見ていた柊翔。ずっと住宅街の中を通るバス。街灯がぽつんぽつんと点いているけど、ほの暗い道が続く。
「そうですね。バス停から、少し歩きますけど、それも、ほぼ真っ直ぐですから」
「これなら、歩けるんじゃない?」
「……歩こうと思えば」
はい。歩こうと思ってません。すみません。バスを降りると、家までは、すぐ。案の定、家に灯りはない。
「ここです」
そう言いながら玄関のドアを開けた。
「ソファにでも座って待っててください」
"ああ"と言いながら、俺が買ってきたものを冷蔵庫に入れているのを、立ったまま、じっと見ている柊翔。夕飯の材料だけ、キッチンの台に載せていく。
「柊翔さん、すぐご飯食べられますか?」
「ん?ああ、食べられるけど、要、休まなくて大丈夫か?」
「下手に座っちゃうと、何もしたくなくなるから」
苦笑いしながら、鍋を出す。
「あ、麦茶でよければ飲みますか?」
「もらう」
食器棚から大き目なグラスを2つ取り出すと、大きなペットボトルに入ってる麦茶を注ぐ。"はい"と言って渡すと、グビグビと喉を鳴らして飲んでいく。
「喉、乾いてたんですか?」
思い切り飲み干していく姿に、思わず笑いがこぼれた。
やっぱり、人がいるだけで、こんなにも気分が違うんだ、というのを、柊翔がいることで痛感させられる。親父とは、完全にすれ違いで、たまにしか顔を合わせない。俺が自分の部屋からあまり出てこないせいもあるけど。今までは、それほど寂しいとは思っていなかったけど……これから、俺は、大丈夫だろうか。
「本当に簡単なもので、申し訳ないんですけど」
俺が唯一自信を持って作れるのは、このキャベツとソーセージのパスタ。茹でたキャベツとソーセージ、それにバターと醤油でからめるだけ。超シンプル。それにサラダは、カット野菜にトマトを加えただけ。
「いや、旨そうじゃん。俺は全然やらないから、要、すごいよ」
ニコニコしながら、パスタを食べてくれる柊翔を見ると、嬉しくなる。
「これ、親父が初めて教えてくれた料理なんですよね」
フォークでソーセージをさして、口に放り込む。
「そういや、おじさんの分はいいのか?」
「ええ、食べて帰ってくるみたいです。もう少ししたら、帰ってくるかもしれませんね」
会いたくはないけど。
食器をさっさと片付けて、麦茶を持って俺の部屋に行く。昨日の朝、ばたばたしたまま出かけたから、部屋の中はぐちゃぐちゃで。
「す、すみません、部屋、汚くて」
ローテーブルに麦茶を置くと、脱ぎ散らかしてた服や、出しっぱなしだった漫画を片付け始めた。
「いいって、気にするな」
「そう言われても」
お互いに苦笑いしながら、座れるスペースを確保した。
「……もう剣道がらみの物は、置いてないんだな」
部屋を見回しながら床に座ると、少し寂しそうに柊翔がつぶやく。それには答えずに、ベランダ側の窓を開けに立った。正面の道路に人影はなく、静かに横たわっている。
「昨日のこと、話そうか。要」
柊翔が、静かに、そして、はっきりと言った。
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