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5.気づいてしまった気持ち(8)

 ぽつりぽつりと、昨日のことを話し出した。  知らないヤツに、混んでないトイレの場所を教えてもらえると言われて、ついていってしまったこと。そこで気を失わされて、気がついたら、どこかの用具室みたいなところに連れていかされていたこと。そこで……服を脱がされたこと。 「Tシャツ、気に入ってたヤツだったんだけどな……素手でやぶくとか、どんだけ握力あんだろうって思いましたよ」  柊翔の前だから苦笑いしているけど、本当は、笑えない。笑う気分じゃない。 「そこで……写真を撮られそうになって……アイツが入ってきたんです……」  思い出しただけで、手が小刻みに震えだした。クソッ、震えたくなんかないのに。怯えてしまっている自分が許せないのに、身体のほうは止められない。 「ア、アイツが近寄ってくるところまではっ、覚えてるんだけどっ……ふっ、くっ……」  ああ、なんでこんなに簡単に涙が溢れそうになるんだろう。みっともないな、俺。右手で、涙をぬぐおうとした時、すっと、右腕を掴まれた気がした。そして、気が付くと、俺は柊翔の腕の中に倒れ込んでいた。目の前には、柊翔の厚い胸があって。 "えっ?"  自分の今の状況が理解できずに、溢れそうだった涙も止まってしまう。 「ごめんな……嫌な話させて……」  少し掠れたような声の柊翔が、強く抱きしめた。  ……俺は、男で。  それこそ、もう、子供なんかじゃないんだけど。柊翔に抱きしめられて、安心してしまうって。  ……いいんだろうか?  段々、恥ずかしさが、俺を赤く染めていく。 「し、柊翔、あ、ありがとう……も、もう、大丈夫だから」  少し力を入れて、腕の中から抜けようとするのだけど、柊翔は余計に力を入れてくる。  ね、ねぇ、もう、大丈夫だよ?むしろ……苦しい……  我慢できなくて、柊翔の背中を思い切りパンパンと叩く。 「し、柊翔さ……ん、く、苦しいでっ……すっ!」  驚いたように、腕の力を抜いたから、くたぁっと床に倒れ込んだ。 「す、すまん!」  俺も顔が真っ赤なはずだけど、柊翔も負けずに真っ赤だ。 「は、は、ははっ」  少しすると、息が整ってきたから、思わず笑ってしまった。 「柊翔さん……力の加減してくださいよ。俺、死んじゃう」  "よっこいしょっ"と、身体を起こした俺を、真剣な眼差しで見つめる柊翔。 「お前が、久しぶりに、呼び捨てで呼んだから……つい、嬉しくてな……」  そう言ってから、照れくさそうに、視線をはずすから、こっちまで照れが移ってくるじゃないかっ。

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