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6.素直になりなよ(3)
ヤスと一緒に帰るようになって約三週間。
一人で移動することがないおかげなのか、アイツと遭遇することはなかったし、見かけることもなかった。
そうこうしているうちに、関東大会の開催日。
正直、応援に行こうか、どうしようか迷った。県大会の時のことが、どうしても思い出されてしまって、行くことに恐怖感がいなめなかったから。
"無理しなくていい"と、柊翔は言ってくれたし、柊翔の言うことを素直に聞いて、行かないという選択肢もあった。だけど、もしかしたら、これが亮平と対戦できる高校最後の試合になるかもしれない、と思ったら……。
「要、早いよ。もうちょっとゆっくりでもいいだろ?」
「あ、悪いっ!なんか、焦っちゃって」
今回の大会は隣の県の武道館で開催されるので、ヤスと一緒に向かった。直接行く電車がないから、何度も乗り換えしなくちゃいけなくて、移動が面倒だったけれど、それに文句も言わずにつきあってくれた。
「大丈夫だって。個人戦は夕方からだろ?鴻上先輩が、教えてくれたじゃん」
そうなんだけど。やっぱり、早く柊翔を見て、落ち着きたかった。ちゃんと、そこに柊翔がいると、確認したかった。
会場は、あちこちの高校の応援の人々と、その声援とで、熱気で満ちていた。うちの高校の剣道部の集団を探すけれど、人が多すぎて、よくわからない。
「おい、要、あの辺じゃねーか?」
ヤスが指さすあたりに、うちの制服の集団がいた。そばに近づくと、平沼が先に俺たちを見つけて手をあげた。
「おい、こっちだ!獅子倉、京橋!」
「おお。試合まだだよな」
ヤスが聞きながら、平沼の隣に空いていた席に座る。そして、その隣に俺も。
「個人戦は、これからだ。これ、トーナメント表」
渡されてすぐに探すのは、柊翔の名前。そして……亮平。
二人は……準決勝まで行かないと、当たらないのか。
「うちは団体戦ダメだったし、個人戦も鴻上先輩だけなんだよね」
会場を見つめる平沼は、少し悔しそう。そして、俺たちも会場を見下ろす。
ふと、視線を感じて、そちらを見ると、この前、副将だった人と一瞬目が合った。
無表情で冷たい視線。
向うの方が先に目をはずした。なんとなく嫌な感じを受けたけど、俺はすぐに会場を見下ろした。
試合は、どんどん進んでいく。一試合、一試合の、緊張した空気が、俺に昔の自分を思い起こさせる。小学生の頃、ただ、勝つことを、前に進むことだけを求めていた、あの頃を。
でも、今は。今の俺は、ただただ、離れた場所から応援することしかできない。
俺も。俺も、あの場に、立ちたい。
久しぶりに、そう思えた。
そして、再び俺は、竹刀を持つことができるのか?という疑問と、それにつながる嫌な思い出が、ぷかりぷかりと心の闇に浮かび上がってくる。
「よしっ!二回戦突破!」
剣道部の誰かが大きな声で言った。そこで、ようやく柊翔の試合が終わっていたことに気づいた。
……何、やってんだ、俺。せっかく、柊翔の試合を見に来たっていうのに。
試合場で挨拶を終えた柊翔が、俺を見つけた。そして、手を上げてくれた。だから、俺も小さく手を上げてみたけれど、同じようなタイミングで、剣道部員全員が、盛り上がって手を振った。
……あっ……俺の勘違いかな、と、一人で恥ずかしくなる。
「あれは、お前にだろ」
俺のそばに身を寄せて、ニヤニヤしながらヤスが耳元でボソっと言った。
「いや、どうかな」
苦笑いしながら、もう一度柊翔を見ると。
あ。あれ?
なんだか、機嫌が悪そうに、俺たちの方を見上げている。何があったのか心配になったけれど、さすがに下まで行く勇気はなく、"どうかしたんだろうか?"とヤスと二人で言いあうだけだった。
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