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6.素直になりなよ(4)

 次の柊翔の試合まで、時間がある。 「ヤス、俺、トイレいってくるわ」 「あ、じゃあ、俺も行く」  この前のことがあるからか、ヤスは、俺と一緒に行動してくれる。ありがたいと思うべきなんだろうが。もう、ここでは、何も起きないと思うんだけどな。 「ここ、トイレの場所、わかりずらくねぇ?」 「そうか?こういうもんじゃねーの?」  二人で、キョロキョロしながらトイレを探していると。 「要」  聞きたくない声が聞こえてきた。急に立ち止まった俺を不思議そうに見ながら、俺が振り返れない代わりのように、ヤスが振り向いた。 「あ」  誰だか、わかってる。  でも。まだ、俺には、心の準備ができていない。 「この前は、どうも」  ヤスは、まるで知り合いかのように挨拶をしている……なんでだ?  顔を強張らせながら、ヤスの横顔を見つめる。 「……ん?ああ、この前の」  そして、亮平も、親し気に挨拶を返した。振り向けないでいる俺に、不審がるヤス。 「おい、要、挨拶ぐらい」 「いや、いいんだよ」  亮平は、そのままの口調で答えると、俺の後ろに立った。 「……俺の後ろに立つな」  俺は絞り出すような声で、そう言った。俺の声に、驚いたのはヤスだけではなかった。 「……すまない」  亮平の声が、遠くから聞こえるように感じた。  あ、まただ。足に力が入らなくなる。 「か、要!?」 「!!」  慌てて、ヤスは俺を抱きかかえた。背後の亮平も、慌てたように、俺の腕を取ろうとしたけれど。 「触るなっ!」  声を荒げて、亮平が差し出した手を払いのけた。その瞬間、亮平と目を合わせてしまった。この前の交流試合の時にも気づいたけれど。あの頃よりも、もっと背が高くなって、もっとしっかりと身体ができあがっていて、そして、もっと大人びた亮平が、そこにいた。黒髪を短くして、ずっと精悍な顔立ちになっていた。  傷ついたような顔の亮平が、俺を見下ろしていた。傷ついたのは、俺のほうだったのに。 「ごめん。あの時、ちゃんと謝れなくて」  亮平は、それでも真っ直ぐに俺を見つめて、そう言った。    あの時。  そう、俺が亮平に襲われた後、亮平と会うことは二度となかった。ずっと親同士、大人同士が話し合っていたから。だから、俺も亮平も会うことはなかった。俺は、誰からも謝罪を受けなかった。謝罪を受けたのは両親だったから。 「今さら、何を言ってる」 そう、今さらだ。俺は、お前を許さない。 「わかってる。すべて、俺が悪い。でも」  亮平は、真剣な眼差しで、言葉をつづけた。 「俺は今でも、お前のことが好きだ。」  何を言ってる?俺は、亮平の言葉の意味がわからなかった。そばにいたヤスもポカーンとした顔で、亮平を見つめてる。通路の真ん中で、俺たち三人は固まったような状態で見つめあっていた。  そのそばを、何人かの人たちが通り過ぎて行ったけど、俺たちの会話は入っていないように、ただ過ぎていく。 「……な、何、言ってるんだ?」  最初に言葉が出てきたのは、俺。 「だから。俺がお前に惚れてるって言ってるんだ」  冗談……と言うには、亮平の表情が真剣すぎて、笑えない。その上、あの精悍な顔立ちの亮平が、徐々に顔を赤らめていくなんて。 「お前に嫌われてるのは、わかってる。それでも。俺はお前が好きだ。それだけは、覚えておいて」  そう言うと、照れくさそうな顔をして亮平は足早に去っていった。俺とヤスは、顔を見合わせた後、去っていく亮平の後ろ姿を見送った。 「……なぁ、要」 「う……うん?」 「……あれ、冗談……じゃないよな。どう見ても」 「……」  生まれて初めての告白が、男からだなんて。どうリアクションすればいいんだ? 「と、とりあえずだな、あの態度はないだろ。要」  人通りもあるせいか、抑え気味な声で、俺を注意する。 「……何も知らないお前に……何がわかる……」  ヤスに八つ当たりみたいだけれど、そうとしか、言い返せない。ただ、俺のただならぬ雰囲気に、のみこまれたかのように、黙ってしまった。 「ふぅ……ほら、トイレ、早く探そう。鴻上さんの次の試合、見逃すぞ」 俺たちは、慌ててトイレ探しの旅をつづけた。

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