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6.素直になりなよ(6)

* * *  柊翔は、準決勝に進出が決定した。俺との約束を守ってくれた。亮平のほうも、順当に勝ち上がってきて、明日、二人は対決する。てっきり、今日中に決着がつくものだと思っていたので、泊まりの用意などしていない。面倒だけど、明日、もう一度、来るか。 「ヤス、今日はありがとうな。付き合ってくれて」 「いや、いいよ。俺も面白かったし」 「そうか。それならいいんだけど」 「でも、鴻上先輩、強いな」 「……うん。強いよ。俺の憧れでもあったから……」 「あの人も強そうじゃん」 「あの人?」 「……お前が嫌いだっていう人」 ヤスが亮平のことを言っているのはわかっている。 「……ああ、あいつも強い」 だけど。 「俺は、鴻上さんに勝ってほしい」  会場の中で、知り合いと楽し気に話している柊翔の姿。俺は、それだけを、見つめていた。  俺とヤスは会場を出て、駅に向かおうとした。 「あ、獅子倉くん?」  後ろから名前を呼ばれた。剣道部の面々は、専用のバスの前に集まっていたのを見ていたから、剣道部のやつじゃない。知らないヤツに声をかけられるってだけで、すでにビビってる俺。そして、同じように、嫌そうな顔をしているヤスと目が合った。 "とりあえず、振り返ってみる?" "やばかったら、ダッシュな?"  一瞬で、そんな会話が成立したような気がする。振り向いたそこにいたのは、どこかの大学のジャージを着た大柄な男の人。  ……あれ?  どこかで、見たことがあるような?  ……ああ、柊翔と顔立ちが似ているのか。  あ。 「あ、思い出してくれた?」 「前、学校で……保健室まで連れてってくれた方……ですよね?」 「うん。そう。よかった、覚えててくれて」  ニコニコと笑いながら近寄ってくるその人は、大柄なわりに人懐っこそうな笑顔のおかげで、そんなに怖そうに感じなかった。 「二人とも、これから帰るんだろ?」 「あ、はい……」 「だったら、俺の車に乗ってけよ」 「え?」  確かに、一度、面識はあるけど、顔を知ってるってだけで、どこのどいつか、全然知らないんですけど。 「いや~、知らない人の車に乗っちゃいけないって、ガキの時から言われてるし~」  そう言って、俺の腕をつかみながら、後ずさりしているヤス。これは、半分、ダッシュで逃げる気だな。俺も、ヤスに習って、いつでも逃げられるように身構える。

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