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6.素直になりなよ(8)
太山さんは、地元の大学に進学して、今は大学3年生。今日は、お姉さんの軽自動車を借りて、一人で来たとか。
「電車だと、乗り換え面倒だし、時間かかるじゃん?車だったら、高速のっちゃえば、けっこうすぐ着くんだよね」
助手席に座ってるのはヤスで、"いいなぁ、俺も早く免許取りてぇ!"と騒ぎまくってる。なんだよ、あんなに太山さんのこと、不審者扱いしてたくせに。
「なぁ、もうスマホ、返してくれよ」
「えぇぇっ。もうちょっと、焦らそうよ~」
焦らす!?なんだよ、それ。
「で、相手誰だよ」
ニヤニヤしながら運転している太山さんに、"ちゃんと前見て運転してくださいっ"と、言い返す。
「あの人、名前、なんていうの?」
助手席から俺のほうを振り向いて聞いてくる。
「……」
「別に名前くらい教えてくれたっていいじゃん」
何も知らないからこそ、残酷に聞けるんだよ……だからと言って、ヤスに話す気はないけど。
「……ったく。お前も意固地だよな」
「お前に言われたくないね」
本当に車での移動は、電車の半分くらいの時間で済んでしまった。ヤスは、途中、最寄り駅で降りていき、ようやく、その時になって俺の手にスマホが帰って来た。恐る恐るスマホに電源を入れると。
……げ。メールが30通近く。
「ヤス……絶対、月曜日にコロス」
俺は涙目になりながら、メールチェックした。
「クスクス……柊翔も、何焦ってるんだろうねぇ」
太山さんは楽しそうに言ってるけど、俺は全然楽しくない。
「そういえばさ。明日、柊翔の応援来る?」
「あー、行きたいとは思ってるんですけど、さすがにヤスに二日連続では頼みづらくて。まぁ、それでも、行っちゃう気がしますけどね」
アハハ、と笑いながら柊翔の一つ一つに目を通す。ほとんどが、くだらない内容のメールだけど。そのくだらなさが、俺に心の柔軟さを思い出させてくれる。
「もし行く気があるなら、迎えに来ようか?」
運転しながら、チラっと俺を見る太山さん。
「マジですか!?」
一人でも行く気はあったけど、ちょっとだけ不安もあるにはあった。
「マジ、マジ。一人で車運転してると、眠くなっちゃうんだよね」
「あぶなっ!今日は、よく無事でしたね。」
「だろ~?だから、獅子倉くん乗っててくれるほうが、俺にとっても事故の確率減るんだよね~」
カラカラと笑う太山さんに、少しだけ柊翔の面影が重なる。
「明日の準決、11時からだから、余裕みて、八時前くらいに迎えに行くよ」
「え、いや、悪いですよ。それに、うちからだと、高速に乗るまでが入り組んでるし。駅前で待ち合わせでもよければ、そこでいいですよ?」
「んー、とりあえず、獅子倉くんの家まで行ってみてから考えよう。ねぇ、ここから先、どうしたらいいかな。柊翔の家までは何度か来てるんだけど」
そこからは、俺の拙いナビでなんとか家まで送ってもらい、結局、明日は駅前で待ち合わせることで、落ち着いた。
「じゃ、明日、よろしく。寝坊すんなよ」
そう言うと、太山さんには似合わない、かわいい軽自動車は消えていった。
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