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6.素直になりなよ(9)
「ただいま」
"おかえり"という言葉がなくても、家に入る時に自然と出てくる言葉。今日も、いても何も言わないだろうと思ってたのに、親父の"おかえり"という言葉が珍しく聞こえてきた。その声につられて、リビングに行くと、何やら料理をしている。
「何、やってんの」
「ん?ああ、ちょっと肉じゃがを作ってみようかと」
「はぁ?」
まともに料理を作ったこともない親父が、何を今さら。
「いやぁ、この前、鴻上くん、来ただろ。あの後、彼の親父さん、お父さんの先輩だろ、久しぶりに電話で少し話をしたんだよ。そしたら……奥さんから、ちょっと言われてなぁ……」
おばさん、何を言ったのか、気になるが、家に居つかなかった親父が料理を始めるなんて。
「ふーん」
まぁ、それはそれとして。
「明日なんだけどさ」
いつもなら、土日のどちらかに病院に行くところなのに、明日も行けそうもないから、親父に代わりに行ってもらえないかと話をした。ずっと俺が行ってたから、週末は親父が行くことがなかった。
「そうか。鴻上くん、準決まで行ったのか……じゃあ、お前も頑張って応援してこい」
「ああ」
母の着替えを鞄に詰め込んで、玄関近くの和室に置いた。
「荷物、和室に置いてあるから」
「ああ。要、ちょっと、味見してくれ」
キッチンに行くと、小皿に山盛りの肉とジャガイモ。
……なんか、黒い。
見るからに味が濃そうなのはわかっていても、とりあえず、口に運んでみる。
「……しょっぱい」
「あ、やっぱり」
「高血圧で死にたいんだったら、いいけどな」
なんだか、久しぶりに親父と会話したかもしれない。
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