70 / 122
6.素直になりなよ(12)
試合場の入口に、柊翔はいた。目を閉じて、集中しているようで、このタイミングで俺が声をかけていいんだろうか、と迷っていると。
「鴻上せんぱ~いっ!!」
大きな声で名前を呼んだのは、一宮先輩。柊翔が、ふっとこちらを見た時には、二人にひきずられるように柊翔の目の前に連れてこられていた。
「なんだ。三人そろって。というか、一宮、朝倉、お前ら、いつから要と仲良くなったんだよ」
そう言いながら、胡散臭そうな顔で、二人を見比べている。
「えっと~。今日?」
かわい子ぶってる一宮先輩を、冷ややかな眼で見ている柊翔。
「お前らは信用できん」
「え~っ!先輩がそんなこと言うなら、要くん、私の彼氏にしちゃおうかなぁ~♪」
「なっ!?」
「え~っ!じゃあ、私も要くんの彼女になりたいな~っ」
後の方は、明らかに棒読みな朝倉先輩……。
「ま、まさか、告白されたのって……」
真っ青な顔になっている柊翔は、なかなか見ものだったのだけれど。
「そんなわけ、あるわけないでしょう。冷静に考えてください。鴻上さん」
思わず、苦笑い。
「ぷぷぷ。鴻上先輩がこんなに焦るなんて」
一宮先輩の人の悪そうな顔は、綺麗な分、ちょっと怖い。
「じゃあ、邪魔者ははずしますんで」
そして、朝倉先輩と腕を組んで立ち去る一宮先輩。後ろ姿は、本当に恋人同士みたいで……いや、恋人同士なんだよな……。
「要」
二人を見送っていた俺に、柊翔が声をかけてきた。
「あ、はい」
振り返ったところで、柊翔が抱きしめてきた。
「え、えっと。鴻上さん?」
「少しだけ」
「……」
「少しだけ、パワーくれ」
「……は、はい」
ゆっくりと、手を背中にまわして、ポンポンと軽く叩く。この前は、柊翔が俺にしてくれたから。
「要……誰に告白されたんだ?」
「……今、それ聞きますか」
「気になって、試合に集中できそうもない」
相手を知ったら、違う意味で集中できないような気がする。
「……勝ったら。勝ったら教えます」
「なんだよそれ」
俺から離れて、顔を上げた柊翔は、いつものクールで大人な感じではなく、なんだか子供っぽく、拗ねた顔をしている。
「……柊翔さん……勝ってください」
そう。今は、それしか言えない。余計なことを考えさせたくない。
「ああ……約束だしな」
俺の真面目な声が通じたのか、ようやく、いつもの柊翔の顔になった。
「それじゃ、剣道部の人たちと一緒に見てますから」
「ああ」
片手を上げて、試合場に入っていく。
勝ってください。
勝ってください。
勝ってくださいっ!
あなたが勝ってくれれば……俺は……前に進めそうな気がするんです。
ギュッと拳を握る。
柊翔が入っていったドアをじっと見つめながら、彼の勝利を祈る。
ふぅっ、と息をはいて、観覧席に戻ろうとした時。
ともだちにシェアしよう!