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6.素直になりなよ(17)
大柄な人は、すごいスピードで走り抜けていく。
そばを通る人たちは、あっけにとられているのがわかる。そして、俺は、振り落とされないように、首に手を回してしがみついてるしかなくて。あっという間に、涙なんて消え去ってしまった。
「さぁ、ここからは自分で行けますね?」
観覧席に行く階段の前で、降ろしてくれたその人は、まったく息もきらせずに、俺の頭をポンポンと叩くと、すぐに去っていった。あまりの素早さに、彼らが誰で、なんで俺のことを助けてくれたのか、聞く暇もなかった。彼の立ち去ったほうをみていると、会場のほうから、"おおおおおっ!"という歓声が聞こえてきた。
間に合わなかった!?
俺は慌てて階段を駆け上った。
試合場では、まだ、二人が戦っていた。
「い、今、どうなってるんですかっ」
観覧席にいた太山さんに、声をかけた。
「あ、遅いよっ、獅子く・・・おいっ!どうしたんだ、その顔っ!」
会場の雰囲気のせいもあって小さい声の太山さんが、真っ青な顔をして、俺の顔に手をやるから、
「だ、大丈夫ですっ」
手のひらで、顔を隠す。周りは、俺と太山さんの様子には気づいていないみたいで、視線は会場に集中している。
「大丈夫じゃな」
「大丈夫ですからっ」
太山さんが言うように、大丈夫じゃないんだろう。思い切り泣いたし、顔、殴られたし。それでも、今は、柊翔と亮平の試合の状況のほうが気になる。
「くっ、今は、延長戦に入ったところだ。どっちが先に一本取るのか」
チラチラと俺の頬のあたりを気にする太山さん。
「説明は後で……今は、鴻上さんの試合のほうが大事です」
両手を祈るように握りしめながら、試合場を見つめる。
勝負は一瞬で決まる。それだけ、二人の実力が拮抗してるってこと。
そうだ。あの頃だって。
二人は、同じくらい強くて、同じくらいかっこよくて。
同じくらい憧れていたんだ。
同じくらい好きだったんだ。
それなのに。
二人の気合いの声と同時に。
"バシッ"
竹刀の当たる音。
"バッ"
審判の旗の音。
「勝った……」
太山さんのつぶやきが聞こえたと同時に。
"うあぁぁぁぁぁっ!"
剣道部の全員が立ち上がった。
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