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8.俺の隣(1)

 夜と言っていたのに、思ったより早く、柊翔はやってきた。 「部活、ちゃんとやってきたんですか?」  玄関先で、先に俺の部屋にあがっててくれるように言うと、俺はキッチンへ行くと冷蔵庫から、冷えた麦茶を取り出した。  大きめなグラスに、麦茶を注ぎ入れながら、玄関先で見た柊翔の顔を思い出す。なんだか、いつもよりも思い詰めてるようで、少し顔を赤らめていた。  ……やっぱり。  覚悟をしていたつもりでも、間近に振られる瞬間が近づいていると思うと、辛い。  トレーの上にグラスを2つ乗せて、キッチンから出ようとした時、俺の手が震えていることに気が付いた。慌ててテーブルに置くと、自分の手を握りしめる。  なんだよ、俺。こんなに弱虫だったか。  ……そうだな。弱虫だ。いつまでも、柊翔に守られて。  自分では、何も、ちゃんと解決できていない。  だから、今は、ちゃんとしなくちゃいけないんだ。  気合を入れて再びトレーを持つと、ゆっくりと自分の部屋に向かった。  ドアを開けると、窓際に立っていた柊翔がこちらを向いた。ただ視線が合っただけなのに、ドキッとしてしまう。 「ど、どうぞ」 「……ああ」  ローテーブルにグラスを置く。大丈夫、手の震えは止まってる。  床に座るなり、柊翔は、手にしたグラスの半分くらいを一気に飲み干した。 「……柊翔さん、ちゃんと練習してきたんですか」 「途中で抜けてきた」 「……やっぱり」  柊翔のことを見ないように、グラスの麦茶を見つめる。 「要と、ちゃんと話をしたいと思って」  柊翔の視線を感じているのに、ちゃんと見られない。 「……ちゃんと、ですか」  やっぱり、彼女のことか。  目をつぶって、大きく深呼吸する。  大丈夫。俺は、大丈夫。  柊翔が、俺から目をそらしながら話し始めた。 「俺、要にちゃんと言わなきゃと思って」 「百合さんのことですよね」  先に言われるよりも、自分から話してしまったほうが楽だ。一気に捲し立てるように、言葉が流れていく。 「柊翔さんが、百合さんのこと、気にしてるの、わかってました」  ……やっぱり、柊翔の顔、見れないや。俯いたまま、俺は言葉をつづける。 「いいんですよ。俺のことなんか気にしないで。ちゃんと、柊翔さん、告白しちゃってくださいっ」  言えた。ちゃんと言えた。  よし。  そう思って、柊翔さんの顔を見たら。  え。なんで?

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