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8.俺の隣(4)
柊翔が、俺の身体からゆっくりと離れるていく。ただそれだけなのに、少しだけ寂しさが残る。あんなに、男に触られたり、いたずらされかけたり、嫌な記憶しかないのに、柊翔の熱が離れるのは寂しいのだ。
それに気づいて恥ずかしくなって、柊翔の顔が見られない。
「要……?」
柊翔の大きな手のひらが、俺の頬をなでる。こんなにゴツゴツとした手をしていたんだっけ……?
今更ながら、柊翔のほうが、ずっと大人の男に思えて、変にドキドキしてきてしまう。
柊翔の指が俺の顎を掴み、ゆっくりと顔をあげさせた。目の前にあるのは、柊翔の優しい瞳。そして俺の唇に、柊翔の温かな唇が重なった。優しく重ねるだけのキス。
俺は、"好きな人"と、初めてキスをした。
「……っ!」
柊翔の唇が離れた途端、俺は手のひらで唇を隠してしまった。だって……柊翔が、俺に?
「ごめん、我慢できなかった。」
恥ずかしそうに微笑む柊翔。俺の額に、柊翔の額が触れた。お互いに赤くなってるせいか、熱が伝わってこない。俺自身も恥ずかしくて、何を言っていいのかわからない。
「……ああぁっ、もうっ!」
そう言うと、またギュッと抱きしめて、耳元で囁く。
「なんか、夢みてぇ……。こんなカワイイ要が俺の腕の中にいるなんて……」
俺だって、柊翔がこんな風に抱きしめてくれてるなんて……。
「本当は、もっとキスしたいし、触れたい……」
柊翔の言葉に、身体がビクッと反応する。
『触れたい』
それは、ああいうことを言ってるんだと、わかってる。
「でも、要が嫌なら、しないから」
「……」
「大丈夫。俺は、要の身体と気持ちが追いついてから……それまで待ってる」
いつだって、柊翔は……。
ポロリと涙がこぼれてきた。親指で、俺の涙をぬぐいながら、もう一度、軽く触れるキスをくれた。そして、ゆっくりと身体を離して、大きくため息。
「悪い……そろそろ帰るよ」
「えっ……」
「これ以上一緒だと、俺、嘘つきになっちゃいそうだから」
「嘘つき……?」
「待てるって言ったこと」
照れくさそうに言うと、スポーツバックを持って立ち上がった。
「そうだ。今度の週末、県大会の個人の部の試合があるんだけど……来るか?」
「……行きます」
「……この前と同じ武道館だけど」
――美人に最初に襲われた場所。
「無理してくるなよ」
「でもっ」
「もし来る気があるんだったら、ヤスくんとかと一緒に来いよ。お前、一人のほうが心配だから」
「……はい」
俺は柊翔の瞳をジッと見つめながら頷いた。
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