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8.俺の隣(5)

 試合の日。  ヤスと佐合さんが、俺につきあって試合を見に来てくれた。三人で歩きながら、試合会場への道を歩く。 「悪いな。二人で、デートとかしたかったんじゃないの?」  申し訳ないと思いつつも、二人が照れまくってる姿を見てると、揶揄いたくなる。 「デ、デートってっ!」 「な、何言ってんだよっ!」  同じくらいに顔を真っ赤にしている二人。わかりやすすぎて……かわいい。 「それよりも。今日は何もないといいな。」  顔が赤いまま、顔つきだけは真面目に言うヤス。 「ああ。でも、心配なのは」 「見つけたぁぁぁっ!」  "マジか……"  もしかして、と思わないでもなかったけど。こんなところで……百合さんに会うとは。ガシッと俺の腕を掴む百合さんは、すごく嬉しそうな顔で見上げてきた。今日は私服で少し化粧もしているせいか、制服の時よりも、少し大人っぽくて、ドキっとした。 「もうっ!どんだけ、私から逃げるのよっ!」 「いや、だから、付き合うつもりないですから」  なんとか、腕をはずそうとするのに……タコの吸盤でもついてるんじゃないかってくらい離れない。 「ダメ!獅子倉くんは私のものっ!」 「いや、俺……」 「いい加減にしなよ」  ヤスもうんざりした顔をして、百合さんの腕に手をかけた。 「気安く触らないでっ」  キッとヤスを睨んでから、もう一度、俺を見上げてきた。  ……睨まれたヤスは、佐合さんに慰められてる。 「はぁ……」  この人は、どんだけタフなんだろう。 「百合さん、本当に困ります。俺、付き合ってる人いるんで」  はっきり言ってしまった。 「え?」 「へ?」 「は?」  三人が三人、それぞれの表情が俺に向けられた。  百合さんの驚く顔。  佐合さんの嬉しそうな顔……?  ヤスの……真っ青に引きつった顔……。 「だから、今は付き合ってる人がいるから、無理です。ごめんなさい」  俺の腕に絡まっていた百合さんの腕は、力が抜けた状態になっていたので、ゆっくりと腕を離した。そして、ムッとした顔で、俺を見上げてる。 「何、それ。聞いてないし」 「つい最近ですから」 「し、獅子倉くんっ!おめでとうっ!」  涙目の佐合さん……なんで? 「あ、ありがとう」  自分で言っておいて、なんだか照れくさい。 「何よ。もっと早く言ってよ。だったら、わざわざこんなとこまで来ないっての」  ……なんだか、急に随分と態度が荒っぽい気が。 「え。でも、今日は河合先輩も出るんじゃ」 「私、剣道のこと、よく知らないし、興味ないし」  すっかり俺への興味が失せたのか、何も言わずに、さっさと帰っていった。 「……これで、もう、つきまとわれないってことだよな?」  彼女の背中を見送りながら、ボソリとつぶやいた。

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