111 / 122
8.俺の隣(5)
試合の日。
ヤスと佐合さんが、俺につきあって試合を見に来てくれた。三人で歩きながら、試合会場への道を歩く。
「悪いな。二人で、デートとかしたかったんじゃないの?」
申し訳ないと思いつつも、二人が照れまくってる姿を見てると、揶揄いたくなる。
「デ、デートってっ!」
「な、何言ってんだよっ!」
同じくらいに顔を真っ赤にしている二人。わかりやすすぎて……かわいい。
「それよりも。今日は何もないといいな。」
顔が赤いまま、顔つきだけは真面目に言うヤス。
「ああ。でも、心配なのは」
「見つけたぁぁぁっ!」
"マジか……"
もしかして、と思わないでもなかったけど。こんなところで……百合さんに会うとは。ガシッと俺の腕を掴む百合さんは、すごく嬉しそうな顔で見上げてきた。今日は私服で少し化粧もしているせいか、制服の時よりも、少し大人っぽくて、ドキっとした。
「もうっ!どんだけ、私から逃げるのよっ!」
「いや、だから、付き合うつもりないですから」
なんとか、腕をはずそうとするのに……タコの吸盤でもついてるんじゃないかってくらい離れない。
「ダメ!獅子倉くんは私のものっ!」
「いや、俺……」
「いい加減にしなよ」
ヤスもうんざりした顔をして、百合さんの腕に手をかけた。
「気安く触らないでっ」
キッとヤスを睨んでから、もう一度、俺を見上げてきた。
……睨まれたヤスは、佐合さんに慰められてる。
「はぁ……」
この人は、どんだけタフなんだろう。
「百合さん、本当に困ります。俺、付き合ってる人いるんで」
はっきり言ってしまった。
「え?」
「へ?」
「は?」
三人が三人、それぞれの表情が俺に向けられた。
百合さんの驚く顔。
佐合さんの嬉しそうな顔……?
ヤスの……真っ青に引きつった顔……。
「だから、今は付き合ってる人がいるから、無理です。ごめんなさい」
俺の腕に絡まっていた百合さんの腕は、力が抜けた状態になっていたので、ゆっくりと腕を離した。そして、ムッとした顔で、俺を見上げてる。
「何、それ。聞いてないし」
「つい最近ですから」
「し、獅子倉くんっ!おめでとうっ!」
涙目の佐合さん……なんで?
「あ、ありがとう」
自分で言っておいて、なんだか照れくさい。
「何よ。もっと早く言ってよ。だったら、わざわざこんなとこまで来ないっての」
……なんだか、急に随分と態度が荒っぽい気が。
「え。でも、今日は河合先輩も出るんじゃ」
「私、剣道のこと、よく知らないし、興味ないし」
すっかり俺への興味が失せたのか、何も言わずに、さっさと帰っていった。
「……これで、もう、つきまとわれないってことだよな?」
彼女の背中を見送りながら、ボソリとつぶやいた。
ともだちにシェアしよう!