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第9話 囁き

「いったい何だって云うんだよ!俺をいたぶって面白いか?」  いい加減腹がたった。こんなに何度も転がされて、俺の非力さも相当なもんだけど、コイツの顔からは想像だにしない力の強さにある意味恐怖を覚える。 「近い、顔、.....寄せんな!」 そう云ったのは俺の表情を見るのが楽しいのか、じっと近づいて覗き込むから.....。 「あれ、おかしいな.....。こうして男の顔を近くで見るのは好きなんじゃ?」 「...........は?何云ってんだ。」  カアッと耳朶が熱くなるのを感じて、俺は雅也の視線から逃れようと天井に目をやった。 云われた意味は自分で分かっている。いつ頃から自覚したのか忘れたが、ある時女の子と付き合っていても触れたいという欲求が湧いてこない事に気付いた。相手がどんなに身体を寄せてこようと、俺は逆に引いてしまう程避けたくなる。 「大学の時、男と付き合ってたんでしょ?」 「どうしてそれを.....?」  自分の知らない所で雅也は勝手に俺の事を調べていたんだろうか....? 「父が失踪して、すぐにあなたのお母さんを探しました。祖父が残した手帳に書かれていた住所に行くと、貴方の家庭でも大変な事になっていた様で。やっぱり二人で逃げたんだと思った僕は、母に諦めようと云ったんです。きっと戻る事は無いと。」 「どうして俺たちに云わなかった?俺はその頃何も知らなかった。でも、聞いていたら一緒に探せたかもしれない。」 「.........どうしてかって?」  雅也の表情が少し曇った。力を緩める事はなかったが、俺を見る眼差しは悲しそうな色に変わっていく。 「正直、父が居なくなってホッとした。あなたの母親が姿を見せたせいで、僕の父と母は毎日言い合いをしてましたから。母も現実を見せつけられて覚悟したんでしょう。」 「............. 」  ホッとしたと聞いて、俺は返す言葉がなかった。 俺は何年も母の帰りを待っていた。ひょっこりと戻って来るんじゃないかって......。 どうして居なくなったのかも分からず、何が起きたのかも分からず。ただ、尾道の父が母を愛している事は十分に分かっていたから。だから俺も待ち続けたんだ。 「僕もね、実は女性が苦手なんです。でも男性と付き合ったことはない。そこは父とは違ってノーマルだと思うんです。実の妹と関係を持つなんて、実にアブノーマルだ。悪魔ですよ。」 「同性と付き合う俺も悪魔だって云いたいのか?」 「いえ、悪魔は人の心の中に存在する。みんな悪魔になり得ます。それを愛や希望という心地良い言葉で覆い隠しているだけです。和人さんは正直なんですよ。そして僕は....」 「お、おい、何を.......」  ぐっと掴んだ腕に力が入ると、雅也の顔が俺に近づき震えるくちびるを塞いだ。 顔を避けたくても深く入り込んだ雅也の舌が咥内を弄り続け、俺は驚きと一緒に腹の底から湧き上がる何かで動けずにいた。

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