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第14話 変化
少しだけ軋む廊下の床板を過ぎると、居間の扉を開けた。
「こんな狭苦しい所でも、俺ひとりじゃ広く感じるものさ。この居間にポツンと座ってると孤独だなって思うよ。」
畳に敷いた座布団に雅也を座らせると、俺は手にした雅也の荷物を部屋の隅に置いた。
「部屋の面積は関係ないでしょ。自分以外の人がいるだけで家が生きているって思わせてくれる。僕は主にビルの建設に関わる事が多くて、こういう風に人の息遣いを感じるものには接してないんで。この家は古いけれど、人の温もりを感じますね。」
「.......そうか?」
驚いた。雅也がこんな風に俺の家を褒めるなんて想像もしなかった。
あの家に比べたら、ここの広さは三分の一にも満たない。
「この家は尾道の祖父が建てたんだ。俺で三代目?......って言っていいのかな。実の孫じゃなかったけど.....。」
「変な話だ。和人さんは血の繋がらない人の中で育ったのに、実の父や母たちと暮らしていた僕より家族の輪の中に居たみたい。ある意味生い立ちを知らなくて良かったですよね。」
「.....良かったと云われたらそれも変な気がするが、でもまあ、その通りかもな。」
雅也はイヤミを云った訳じゃない。が、複雑な気分だった。
「いま鍋を持って来るよ。座っててくれ。」
そう言い残すと向かいの台所へ向かう。
弱火でかけておいた鍋を火から降ろすと、そうっと両手で持ち居間の方へと戻った。
「食器とか出すの手伝いますよ。」
雅也が俺の後に付いて台所へ来ると、テーブルの上の食器をトレイごと持ち上げて居間へ向かう。初めての、兄弟での食事会。そんな浮ついた気分だった俺は、ポトフを雅也に進めると、どんな表情で食べてくれるのか期待の眼差しで見つめた。
「なかなか美味しいですね。作り慣れてるって感じ。こういうの、僕は外食でしか食べた記憶がないな。」
「え、.....そうなのか?」
かなり庶民的な料理だと思っていた俺は、雅也に訊ねた。
「まあ、どんどん食べるといい。また機会があればこうして一緒に食事をしよう。」
気を良くした俺は、そんな事を云いながら自分も腹いっぱいになる迄食べて飲んで、しまいには後ろに仰け反るようにして腹を擦った。
「はぁ~、食ったな~。」
「ごちそうさま。お腹いっぱいです。」
雅也も俺に合わせるように仰け反ると、隣で笑みを浮べる。
初めて雅也の笑い顔を見た。と思ったその時だった。
身体を支えて後ろに伸ばした両腕は雅也の力強い手で引き寄せられて、俺の身体はだらしなく畳みの上に投げ出された。
― ぇ?
驚きの声をあげる間もなく、俺の上に跨った雅也。
さっきの笑みは完全に違うものに変わり、俺を見下ろす雅也の瞳の奥には碧い炎が見えた。
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