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第19話 和やかな朝
雅也に襲われそうになって、あんなに怒りを感じたのに今は怒りよりも心配の方が先に立つ。
親の愛情を受けられなかったと、本人が思う程悲しいことはない。俺はその点たっぷりと受けて来た様に思う。
布団の中で暗闇に目が慣れると、窓の向こうの微かな光を感じながらそんな事を思った。
お人好しかもしれないが、今の俺が雅也にしてやれる事はなんだろうか。
今夜の様にたまには一緒に食事でもして、仕事の愚痴やら聞いてやれたらいいのか.....。
家庭の温もりを俺が教える事は出来ないかもしれないが、兄弟がいるという事で安心感を持ってくれたらいい。
安心感か.....
複雑な心境はどう足掻いたって変わらないのかな.....
あくる朝目覚めると、顔を洗って着替えをしてから雅也の部屋に行く。
朝ご飯はパンが良いのか、それともコメ派か。聞くのを忘れてしまった。
そっとドアを開けてみれば、寝苦しかったのか掛け布団を剥いで丸くなった雅也の寝姿があった。なんだか子供が丸く縮こまって寝るところを連想させる。
近付いて行くと、パジャマの上着が少しめくれ上がり腹が見えている。
昨日云っていた様に、筋肉はしっかりと付いていて、服の上からは想像できない程引き締まった身体の様だ。
「雅也、.....ご飯はパンが良いのかな?」
気を取り直して声を掛けるが、「あー、パンで」と云ったまま起きようとはしなかった。
まあ、休みだしゆっくり寝ていてもいいが。
立ち上がると、そっと部屋を出て台所に行った。
一応サラダだけは作っておいて、後は雅也が起きたらパンを焼けばいいか。と思い用意をする。
雅也が起きてきたのはそれから10分後くらい。
「すみません、起こしてもらったんですよね。」と云いながらパジャマ姿のまま台所へやって来た。髪の毛も寝ぐせの付いたまま。キッチリとしたサラリーマンの印象からは程遠い姿に、少し可愛いと思ってしまう。
「パンを焼くから。あと、スクランブルエッグも。」
雅也を椅子に座らせると、俺は立ちあがって卵を溶いた。
「和人さんって、自炊、ちゃんとしてるんですね。まあ、男所帯だからかもしれないけど.....」
「二人の時は結構作ってたかな。買うよりは安上がりだし。けど、正直ひとりになったら弁当でも良くなっちゃうよ。」
「僕はダメだな。まあ、仕事がら時間も不規則だし仕事帰りに外食の方が多い。」
「良かったら、またこんな風に泊まりに来いよ。晩飯も一緒に食おう。」
話の流れでそんな風に云ってみたが、少し強引だったかな。
「和人さんが良ければ、僕は構いません。むしろ食事を作って貰えるのは有難いです。でも、....いいんですか?あんな事してしまって、僕を軽蔑しません?」
多分襲ったりした事を後悔しているんだろう。雅也の声が少し弱気になると申し訳なさそうに云った。
「軽蔑はしないよ。.......俺の方こそ我儘云ってるかもしれない。雅也にとって、俺という存在は関わりたくないのかもしれないし。」
「.......確かに、最初はそうでした。何処かで恨んでいましたから。.....でも今は、昨日自分の思った事をぶつけてしまって、スッキリした気分です。」
「........そうか、........なら良かった。」
胸のつかえが少し取れた気がした。
お皿にスクランブルエッグを乗せて、サラダを盛り付けると雅也の前に出す。
「ありがとうございます。いただきます。」
そう云って雅也はにこやかに微笑むと、フォークを手に取った。
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