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第20話 新たな始まり

 いつもと違う朝を過ごしながら、父さんが生きていたらどうしただろうと、ふと思う。 あの人は根っから優しくて、母さんを心から愛していた。その母さんが俺という存在を生み出して、仮初の幸せな家庭を父さんに見せていたとしたら.....。  考えるだけ野暮だし馬鹿げている。 父さんが亡くなった後で良かったんだと、自分に言い聞かせた。 「和人さん、僕はそろそろお暇します。あまり長居も迷惑なんで。」  雅也が朝食を終えて食器をシンクに浸けるとそう云った。 「迷惑だなんて。.....でもまあ、色々あるだろうし、自宅に戻ってゆっくりするのがいいな。仕事も忙しそうだし、身体には気をつけろよ。」 「はい、有難うございます。」  お辞儀をするとそのまま着替えをしに部屋を出て行った。  少しだけ俺の心に風が吹き込んだ気がして、ちょっと淋しいと思ってしまう。 弟か、.........。家族というには照れがある。でも、兄弟がいるって心強いな。  身支度を整えた雅也が俺の前に立ち、丁寧に礼を云うと荷物を下げて玄関から出て行った。 その後ろ姿を見送ると、尚更寂しいという感情が沸き起こる。父さんの死後、ひとりで生きて来たのにな。俺はこんなに寂しがり屋だったのかと、フッと苦笑してしまった。 * *  午後から塾へ向かうと、見知った男がひとり入口の前で立っていた。 「よお、久しぶり。」  男は俺を見てニッコリと微笑む。その口元の髭は、相変わらず実際の歳よりも老けて見せている。そして何よりも俺を見る目がいやらしくて、俺は無言のまま男の前を通り過ぎようとした。 「おいおい、ちょっとウソだろ?!無視すんなよ。元カレの顔を忘れたっていうのか?」 「うるさい。こんなところで元カレとか云うな。生徒が来たらどうするんだよ。」  俺の肘を掴もうとする手を振り解くと云ったが、コイツは大学生の時に付き合っていた男で、橋本雄二といった。 「悪かったな、バラすつもりはないんだ。ちょっと相談に乗ってほしくてさ。」 「金なら無いから。この間失踪してた母親が見つかって葬式出したところだし。」  相談と云われて金でも借りに来たかと思って云ったが、雄二は首を横に振ると「金じゃないし。.....ってか、オフクロさん見つかったのか?」と目を丸くした。 「ああ、詳しいことは云えないけど亡くなってた。.....で、何?授業が終わってからでいいなら一応訊くけど。」 「サンキュ、じゃあ時間つぶして9時ごろにお前んちに行くから。」  俺の家を知っている雄二にそう云われると、仕方なく了承して塾のあるビルの階段を上がって行く。別れて6年。その後は友人として2,3年に一度くらい会うだけの男が、急に顔を出したから驚いた。  俺の恋愛は、というか、同性同士の恋愛は先が知れてる。 目新しい男が出来れば自然とそっちに行く流れで。所詮身体の繋がりなんてそんなものだと割り切っていた。  確かに、雅也が云っていた通り、大学生の頃の俺は節操がなかったかも。 性欲ばかりが強くて相手を思いやるなんて気持ちがなかった。それに、どこかで母親の事が気になって、恋愛を楽しむなんて気持ちにもなれなかったのかもしれない。 「せんせー、こんにちはー」 「こんにちは」  暫くすると学校帰りの生徒がやって来て、狭い教室はいっぱいになった。 一クラス20人程を受け持つと、賑やかな若い声が教室に響き渡り俺の気持ちも切れ替えられる。  

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