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第29話 提案
皿にトーストを乗せて、トマトサラダの入った器を雅也の前に出す。
「コーヒーか紅茶、それか牛乳?」
飲み物を訊けば「コーヒーで」と云われて。
キッチンへ行くとドリップコーヒーにお湯を注ぐ。
橋本もいないし、静かな朝を二人で迎えるがちょっと変な気分だった。新鮮といえば新鮮。でもこういう生活も中々いいものだと思う。
「朝はちゃんと食ってるのか?」
雅也の仕事なら早朝出勤もあるだろう。そんな時に、あの家で一人食事をとる姿を想像すると、少し可哀想な気がした。あまりにもだだっ広い部屋で、家庭的な雰囲気は全くない。そんな所での食事は栄養にならない気がした。
「まあ、それなりに。コンビニでおにぎりやサンドウィッチを買ったりして食べてる。」
「.......だろうなー。」
目の前でトーストにかぶりつく雅也を見ると、俺の中に庇護欲が芽生えてくる。
血の繋がった兄弟としてのものなのか、それとも......
「それ食べたらもう少し寝れば?あと着替えも洗濯するから脱いじゃって。新しいの置いておくから。」
「ぁ、うん、ありがとう。.......和人さんって、なんか母親みたいだね」
「はあ?......なんだよソレ。.....まあ、お節介なのは自覚してるけど。」
「自覚してるんだ?!」
そう云うとプッと吹き出す雅也だった。
確かに俺はお節介やきなのかもしれない。でも、橋本にはここまでしないだろうし、きっと雅也に対してだけだと思う。
「何だかんだ云って、お前の事が可愛くなってるのかも。」
雅也に向かって云えば、目を見開いて俺を見た。その後で少し恥ずかしそうに下を向く。
なんだよ、その表情は.........
自分で云ってしまって恥ずかしくなった。俺、なんか変な事云ったかな。
食べ終わって、食器を重ねると立ち上がるから「そこに置いといて。」と云い俺がそれを運ぶ。シンクに浸けて雅也に振り返ると、俺の方をじっと見ているから「どうかした?」と訊ねた。
「あ、いや、.....ありがとう。なんか僕、今すごく安心してるっていうか.......上手く云えないけど.....和人さんが居てくれて良かったと思う。」
「........ぇ、やー、ちょっと、なんか恥ずかしいな。褒められてんのか、俺」
「うん、......昨日もだけど、倒れる時に和人さんの顔が頭を過ぎって。つい、電話してくれって後輩に云っちゃって。迷惑なのわかってて」
じっと立ったまま俯き加減にそんな事を云われたら、余計に手放したくなくなるってば。
「雅也、.....お前、うちに越して来いよ。部屋はあるから。あの家は確かに立派な屋敷だけど、お前が一人で暮らすには寂しすぎる。どう?此処で暮らさないか?」
つい口をついて出た言葉に自分でビックリするが、これが今の正直な気持ちだった。
それに、両親を亡くした俺にとっても、雅也と暮らす生活は新鮮で温かいものになりそうだと思った。
「あ、りがとう.......。一応考えてみる。取り敢えずは、ちょっと休むね。」
「ぁ、うん、ゆっくり休んでろ。また昼過ぎに様子見に行くから。」
うん、と頷いて、雅也が台所から出て行く。
足取りもしっかりしている様に感じると、そこは安心した。食欲が戻ればなんとか元気になるだろうし。それに、どのみち明日までは此処に居させるつもりだった。
雅也との生活がぼんやりと目に浮かぶ。
天国の母さんは、俺たちを見たら驚くかもしれないな.......。
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