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第31話 ホッとするよ
雅也が部屋に戻り、俺は出掛ける支度を始める。
夕食は戻ってから直ぐに食べられるよう、カレーを作っておいた。
「食事の事まで気を使わせてしまって......。白飯があればそれでいいから。」
雅也が云うが、俺はなんとなく食わせてやりたくて。
「遠慮するなって言ったろ。腹減ったら先に食べててくれていいからさ。」
部屋に着替えを持って行き、そう云うと「行って来る」と云って部屋を後にした。
ビルの入り口で、数人の生徒に出会うと「こんにちはー」と声を掛けられて。
中学生のまだ初々しい声に癒されながら、俺も返事をすると一緒に教室まで上がって行った。
この少しの時間に、生徒たちはいろんな話をしてくれる。今は、夏休みという事もあって、家族で行った旅行の話とか、映画の話とか。
そういう話題に触れると、自分も景色が見える様で楽しかった。
俺はゲイだし、子供を持つなんて考えた事もないが、家族には憧れがある。
母親が出て行くまでは、本当に仲のいい家族だったし、夫婦喧嘩をしている所も見た事がなかった。ただ、高校生になって自分の性癖が分かって来た時は、両親に申し訳ないという気持ちは持っていた。そんな負い目があって、母親が出て行った後に自分のせいなんじゃないか、なんて一瞬考えた事もある。
結局、もっと複雑な理由があったんだけど........
ただ、弟がいた。最初は怖かったけど、今は.........。ちょっと可愛くもあるな。
「さあ、授業を始めまーす」
廊下に出ている生徒を呼び込むと、教室で授業を始める。
* * *
1コマ、90分の授業を三つこなし、午後の8時には一応終了。
その後で質問にやって来る生徒がいれば少し遅くなる時もある。が、この夏休み中はみんな早く帰りたいのだろう、ほとんど時間通りに終わる事が出来た。
今日は帰りの足取りが軽い様に思える。
雅也が待っていると思うと、早く帰りたいと思うし、ちゃんと食べたか心配でもある。
家に着き、玄関を開けると橋本のスニーカーがあって、もう帰っているんだと思ったら少し緊張した。俺たちの事、なんて説明しようか。それとも雅也がもう話したかな?
「ただいまー」
声を掛けると、居間の方から「おかえり」という二人の声が聞こえた。
「おう、橋本、......魚は釣れたか?」
テーブルを挟んで、橋本と雅也が向かい合って座っているから訊いてみる。
「もうさぁ、上司に釣らせるので精一杯だよ。オレのとこに引きが来るとわざと逃がしたりしてさー。超気を使った。」
グッタリした様子で橋本はそう云った。
その向かいで雅也がにこやかに訊いているから、俺は少し安心する。
「従弟、だって?......あ、雅也くんの会社って、うちの取引先なんだよな。ビックリ」
「そうなんだ?.....あ、飯は食った?」
雅也の方に向くと訊いてみる。
「や、まだ。一緒に食べようと思って。」
「あ、ホント?悪かったな、遅いのに....」
そう云いながらも、ちょっと嬉しい俺だった。
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