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◇ 「真人」 「司……、お前また他人から体操服借りたのか」 「用意はしていたんだよ。でも玄関に忘れてきた」 「どうしようもない奴だな」 「でも俺ならどうしてか許してしまうだろ?」 「はっ、ばか言うな」 あの日、長い間司が俺を抱きしめてくれた後、発情期の症状は嘘みたいに消えた。「もう大丈夫か?」と頭を撫でてくれた司にどうしようもなく甘えたくなったことが、目を逸らしたい彼への感情を突きつけてきて泣きそうになったのを覚えている。  その日から時々、彼の匂いを思い出しては体が疼くようになった。そうなると「もっとほしい」と思ったあの時の気持ちが抑え込めないくらいに溢れ出てきて、認めてはいけない、気づかない振りをしなければならないと決めたはずなのに、その誓いはあっさりと壊された。 発情期でもないのに熱を帯びた体は素直に反応し、満足できないと分かっているのに自分の指で弄ったこともあった。 そのせいで司に対して一方的な気まずさを感じ、これまで通りすれ違えば会話をするものの、物理的にも心理的にも距離を開けてしまったように思う。 そんな俺に遠慮してなのだろう、司も気まずさを感じているみたいで、開いた距離を縮めようとはしない。だって今日は体操服を忘れているのに俺以外の奴から借りていた。これまで勝手に開けられていた鞄は口を閉じたままだった。 「なぁ真人……、お前、あれからさ、」 「えっ」 「やっぱり何でもないわ」 相手のことなんか構わないのが司なのに、途中で言葉を繋ぐことをやめるとは珍しい。あれからもう一ヶ月近く経っているし、さすがに俺の言動に違和感を持ってそれに腹を立てているのかもしれない。いくら仲良くしていたとは言えなくても、二人の間にあった空気が変われば、それを気にせずに過ごしていくことは俺にもきっと無理な話だ。どうしたのかと問いただしたくもなるはず。 「司?」 「……ごめん」 「え?」 何がごめんなのかと思わず手を伸ばせば、その手を掴まれ抱き寄せられた。体育終わりの少し湿った彼の温もりは、あの時の感覚を思い出させる。ぞくりとして体が疼いた。 「真人、今日は何もない? 体が変になったりしねぇ?」 「どうして、」 「あれは偶然だった? 二度目はねぇの?」 あの時のように人通りのある廊下で、突然抱きしめられたけれど、発情していない今日はそれが恥ずかしいと思う冷静さはある。俺は身を捩って司の腕から逃れた。 「真人、俺……、あの時からお前のことばっかり考えてて、距離取ってたけど、そうすると余計に、」 余裕の笑みが似合う司なのに、その表情は苦しそうだった。一度離れた俺の手を再び掴み、ふりほどけない程に強く握られる。そのまま司の胸元へ押しつけられ、彼の心音を感じた。ドクドクと激しく動くその鼓動は俺の体を巡り、共鳴するように俺の心臓も跳ねた。時が止まったみたいに周りの雑音は聞こえなくなって、彼と俺のその音だけが耳を支配する。 「……お前と二人きりになりてぇ」 「でも、司、二人きりになったら、お前に何を求めるか分からない……」 「俺だってお前に何をするか分からねぇよ。……なぁ、ダメか? お前に触れたくてたまらない」 内側から鼓膜を破りそうなくらいに強く響く心音に気が狂いそうだ。かすかに震えている彼の手にすら、時折苦しそうに漏れる息にすら、胸を掴まれ壊れてしまいそう。 「あの時、発情していたからかもしれないけれど、たまらなくお前がほしかった」 「真人っ」 「あの時にそう思ったから、それを体が覚えていて今こうしてお前の俺に触れたいという想いに反応しているのかも」 司もあの時、匂いに耐えながら俺に触れるのを我慢してくれた。ただ傍にいて苦しみを共有してくれた。それを体が覚えているから、俺に対してそういう気持ちになるのかもしれない。 「お前だって、あの時に俺に触れるのを我慢していた反動でこうなっているのかも」 「……っ、」 「それで今から俺に触れてみて、やっぱり違ったと思うかもしれない。それでも後悔しない?」 「しねぇ」 少しの躊躇いすらもなく、俺の質問に重ねるようにして答えられた彼の言葉に安堵した。

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