10 / 100

第10話 年の瀬 ②

弥勒の声は叫び声に近かった 康太は冷静な声で話を続けた 「皇帝炎帝には無くしたくないモノはなかった 大切にされたがな……皇帝炎帝は空っぽだった……冥府の破壊神、皇帝炎帝 だが今は違う…… 奇跡はおきて……オレは青龍と言う伴侶を得た オレは青龍に愛され育てられ……詰められた 何もないまま……冥府にいなくて良かった 今はそう思える 冥府の嫌われ者を魔界に生み出してくれて オレは感謝してんだぜ転輪聖王 何もないまま……存在しなくて良かった 冥府にいたらオレは何もなかった 魔界に呼び出されたからこそ……オレは青龍と出会えた」 『……伴侶殿と……青龍殿と……ずっと一緒におればよいではないか……』 「オレは使命を終えれば消える定め… 青龍と冥府に渡って……ずっと一つに溶け合って……消滅する日を待つ」 『………そんな事はさせない! 消滅する日なんて永遠にないと想えば良い お前が消滅する日……魔界の神々も消滅する “神”がそれを許すなら……我等は跡形もなく消えてやるつもりだ!』 何と言う言い草……康太は言葉を失った 『我はお前を生かす!! この命を削ってもお前を繋ぎ止めてやる!』 半ば脅しにも近い言い分に康太は苦笑した 「弥勒、お前の犠牲の上にオレは生きたくねぇ!」 『そう言うのが分かってるからな! 我はこれより崑崙山へ出向く! お前の命をそんなに早く黄泉へ送りはせぬ!』 「お前には子供がいる… 無理をしなくても良い……」 『我はお前がいないこの世に興味はない 例え我が子だとしても、引き止める要素にはなりはしない!』 「……弥勒……」 『お前が伴侶殿の傍で笑っていてくれたのなら……我は安心出来る…』 「笑ってるだろ?」 『………血を吐く奴の言う事は聞かないようにしてる!』 康太はカチンッと来た 姿があるなら殴り飛ばしてやる! 「……今度殴り飛ばしに行ってやる!」 『待っておる!喜んでお前に殴り飛ばされてやる! だから良い子して待っておれ!』 弥勒はそう言い姿を消した 「…言いたい事だけ言って消えやがって…」 康太はボヤいた 榊原が顔を出して 「弥勒?」と尋ねた 康太の部屋を覗きに来たら康太以外の声が聞こえた 「言いたい事だけ言って消えやがった」 「弥勒と紫雲、久遠先生に病状を教えやがれ!と脅しに来たそうですよ」 康太は榊原に驚愕の瞳を向けた 「教えてくれるまで帰らねぇ!と居座って、仕方なしに教えたと久遠先生は言ってました」 「………そこまでやるか?」 康太は想わず呟いた 榊原は笑って 「やるでしょ? 君が命の二人ですからね」と答えた 「………また来やがった……」 康太が言うと榊原は康太にキスして部屋を出て行った 『康太!』 今度は紫雲龍騎だった 『………康太……何故こんなに弱っておるのだ? 毒を抜けば……今世は長生き出来ると想っておったのに……何故じゃ……』 紫雲は泣きながら康太を抱き締めた 「定めだ龍騎… 決められた理を変えるのは許されねぇ…… と言う事だ……」 『……そんな定めなど要らぬ! 我は何としてでもこの世に引き留める 御主の存在せぬ世なと……我は要らぬ』 「龍騎、子供も出来たのにオレに構うな お前は人の親としてよそ見をすんじゃねぇ オレは定めを受け入れている 青龍がいるならば……オレは笑ってこの世を終える事が出来る」 『……それは無理だ康太…… まだ逝かせぬ……そんなに早く逝かぬ!』 「龍騎、夏海を頼む 夏海と雅龍を頼む……」 『解っておる! あの二人は精一杯出来る事をする! だから……もう案ずるな……』 「………短かき人生を夏海は悔いなく終わる オレはその手助けをする…… そして黄泉へと送りてぇんだ」 『……康太……何故夏海にそんなに……』 「家の為に夏海は生きている オレと酷似した夏海の逝く末を案じていた オレは1000年前に神楽茜に神楽の存続を頼まれた オレは今世で人の世を終える なれば、絶対の神楽を繋げて遺さねばならねぇんだよ それが夏海の願いでもある! 夏海の想いを消したくねぇんだ! 夏海の全ては家の為……オレと夏海は似てるんだ 最期まで……似なくても良いのにな…… 悔いなど遺させたくねぇんだよ!」 紫雲は言葉を失った そして静かに泣いた 『……康太……我と弥勒は諦めたりはせぬ! 弥勒は崑崙山へ出向いた 我は時空を超えて師匠の所へ出向く 絶対に諦めはせぬ!!』 「……龍騎……」 『我はお前のいない世界には生きる気は皆無なのだ…… 今世……何があっても長生きさせると、決めたのだ……』 「龍騎、無理するな…… そんな事されてもオレは嬉しくなんかねぇぞ!」 『……康太……生きてくれ……』 「当たり前だ! まだ死ぬかよ! 精一杯、悔いのない人生を終えねぇとならねぇかんな!」 紫雲は康太を抱き締め……消えた 康太は疲れて眠りに落ちた 榊原が康太を見に来ても、康太は眠ったままだった 眠ってる康太を確認して、榊原は料理に取り掛かった 今年もお節料理を榊原は作るつもりでいた 飛鳥井の家族は自主的に掃除をしていた 清四郎と真矢は自分の家は笙と明日菜に任せて源右衛門の部屋の掃除に明け暮れていた 掃除を終えて清四郎はキッチンにいる榊原に康太の様子を聞いた 「伊織、康太は?」 「寝ていました また後で見に行きます」 「……康太の病状は……?」 清四郎と真矢は康太が血を吐いたのを知っていた 一生が応接室を飛び出した時、清四郎達も起きて気にしていたのだ…… 一生は血を吐いた……と、叫んでいた 病院に連れて行く榊原達を見送った 皆が騒げば康太は気にするから…… 「良くないです…… このまま悪化するなら入院は避けられない…と久遠先生に言われました」 「………伊織……康太は貴方を置いて死にはしません……」 真矢は榊原を抱き締めた 清四郎は「康太を見てきます」と言い真矢と一緒にキッチンを出て行った 康太達の寝室に行くと慎一が康太を見守っていた 清四郎達に気がつくと立ち上がった 真矢は「寝ているの?」と慎一に問い掛けた 「ええ。寝ています」と慎一は答えた 料理を終えて榊原が寝室に戻って来ると、慎一は寝室を出て行った 榊原は「康太……康太……」と、康太に声を掛けた 康太は目を開けると榊原に腕を伸ばした パラッと康太の着ていた布団が捲れる……と、裸の素肌が見えた 「……伊織……」 危うい所まで捲れて清四郎達は何だか居心地が悪かった 「康太、あんまり身を乗り出すと見えちゃいますよ? 君の小さな可愛いモノが……」 榊原は康太の耳元で囁いた すると康太は榊原を離して布団の中へ潜り込んだ 榊原は笑って 「ゴメンね……だからお顔を出して…」 と康太に語りかけた すると布団から目だけ出した 清四郎と真矢は笑っていた 「真矢、お邪魔虫になる前に出て行きましょう!」 「そうね、あなた 新婚ですものね……甘いわ」 清四郎と真矢は寝室を出て行った それを見届けて榊原はドアに鍵をかけた 「康太、服を着せてあげます」 「………見えちゃった??」 「大丈夫です!勿体ない見せたりしません!」 「……ん。伊織だけのモノだから…… 他の人には見せない……」 「…愛してますよ…奥さん」 「ん。オレも愛してる伊織」 榊原は康太にキスを落とし抱き締めた 抱き締めたまま起こして、その身に服を着せた 「君が食べても美味しい雑炊を作りました 皆と食事をしましょう!」 「………ん。伊織……ありがとう……」 「奥さん、君は在るがままを受け入れて導けば良いのです 悩んでも苦しんでも運命は変わりません なれば、君は曲がらぬ様に導いてやる だがらもう苦しまないで…… 夏海は君を苦しめたくなんかない筈です」 「………伊織……知ってたの?」 「…傍にいて気付かない筈などないでしょ? 君が何に苦しんでいるのか……一生達だって知っていますよ」 康太は榊原に抱き着いた 「………伊織……オレは子は産めねぇ だが……母親なれば……子と離れたくねぇ想いは解る…… オレはお前の子は産めねぇ…… 幾ら欲しいと願っても……オレは産んじゃいけねぇし産めねぇ…… なれど、母親の想いは解る…… それで……悩んでたのは確かだ…… 定めは変わらねぇ…… 夏海の星も変わらねぇ…… 多分……夏海は自分の星の指し示す先が詠めた筈だ…… 自分が……死ぬのも解っている それでも子を産む決心をした…… 義恭が堕胎を提示しても絶対に産むと宣言した……程にな意思は固かった 根回しはして送り出す…… せめて……家の為に死に逝く夏海の為に…… 出来る事はしてやろうと想ったんだ……」 榊原は康太を抱き締めた 強く強く抱き締めた 家の存続の為に…… 夏海は子をこの世に産み落とし……死に逝く定め 飛鳥井康太に酷似した人生を……夏海は終えようとしていた 統べては家の為…… その命を惜しみなく捧げて…… その人生を終える…… 「康太……愛する人と一緒なれば、乗り越えられぬ壁はないのですよ! 君と僕が必死に駆け抜けた月日は…… 互いがいればこそ乗り越えられた日々なのではないですか?」 「………青龍……お前がいてくれればこそ過ごせた日々だ… 青龍の愛だけ胸に抱き…人の世に落ちるつもりだった…… だが………一人なれば……オレは自分を昇華していたかも知れない…… それ程に……気の遠くなる程の月日を堪えれたか……オレには解らねぇ…… ただ言えるのは……青龍がいればこそ…… お前と過ごした日々は、空っぽのオレを埋めてくれた お前の愛で支えられ作り替えられた オレはもう空っぽの破壊神じゃねぇ…… 青龍の愛を一杯詰めて……生きてる お前を無くさねば……暴走する日など来ない オレはお前がいてくれれば、何時の世も生きて逝ける……」 「………炎帝……愛してます 君と過ごした日々も、これから過ごす日々も 青龍は必死に君を愛して来ました 僕は君を愛しつづけると誓います」 榊原はそう言い康太の唇に口吻けた 「僕の愛で曲がらず生きて逝きなさい きっと夏海も雅龍の愛で曲がらず生きて逝きます! だから君は心配しなくて良いのです 魔界へ逝けば兄、黒龍が君の意思を継いで二人を迎え入れてくれます」 だから……もう苦しまないで……と榊原は康太を抱き締めた 「雅龍はお前の縁のある者か?」 「我が父 金龍の弟 黄龍の倅です ………と、言っても僕は面識はありません 僕に寄って来る者は一族でも滅多といません ですから話した事はありません」 四神に名を連ねる青龍では……恐れ多くて…… 気軽には話は出来ない ましてやギロッと睨まれたら……石化する 「秩序と規律の鎧を着た青龍は素敵だもんな オレはうっとり見ていた…… あの鎧……触って見たかったな……」 「魔界に還れば幾らでも触らせてあげます 鎧の下も触って良いですよ! 君の好きなカタチにしても構いませんよ」 ウキウキ榊原は言う 康太は困った顔をした 鎧は触りたい 好きなカタチ……って何処を触らせ様と言うの…… 「君の好きな硬さにして構いませんよ」 榊原は康太の耳元で囁いた 康太は困って潤んだ瞳を榊原に向けた 榊原は笑って康太を抱き締めた 「僕は皆が想う程に清廉潔白な存在ではないんですよ 鎧の下は君の匂いで硬く勃っていました 秩序と規律を着てても……頭の中じゃ何時も炎帝を犯す……それしか考えていませんでした」 嘘…… 秩序と規律の鎧を着た青龍は何時も稟として前を見据え、誰よりも果敢な姿をしていた その鎧の下は…… 嫌だ…… 「………頭が……認めたくねぇと言っている」 康太が言うと榊原は笑った 「青龍も君を想うただの男ですから… 不器用で……想いすら伝えられぬ…… 臆病な男なのを忘れないで下さい」 康太は榊原を抱き締めた 「青龍なら総て受け入れられる! オレの青龍だかんな! 全部愛してる!全部オレのもんだ!」 「ええ。全部君のモノです 君の全部は僕のモノです!」 「おう!オレは青龍のモノだ オレは青龍がいるから生きていられる」 「夏海も雅龍がいるから生きていられるのですよ 雅龍がいればこそ、生きて逝けるのです だから君が苦しまなくても大丈夫なんです 解りましたね! もう、苦しむのは止めなさい 二人を送り出してやれば、後は黒龍がやってくれます」 康太は榊原の胸に顔を埋め何度も頷いた 「夕飯を食べに行きますよ 明日病人の様な顔をして二人を迎えたくなくば、食べなさい」 「……伊織……ごめん……」 「僕は君を導く為にいます 君が曲がらず歩を進めれる為にいます 君の心に僕と言う指針を埋め込め、僕は君を導きます」 「……オレを照らす一条の希望……」 康太は呟いた 榊原は康太を抱き上げると、寝室を出てキッチンへと向かった 家族は康太達を待って、まだ食べていなかった 慎一と一生が食事の準備をしていた 榊原が康太を椅子に座らせると、その前に雑炊を置いた 榊原は一口食べて温度を測る そして大丈夫だと判断すると康太に 「食べて良いですよ」と言った 康太は雑炊を食べ始めた 慎一は榊原の前には普通の食事を置いた 「康太と一緒で良いですよ?」 榊原がそう言うと、慎一は怒った顔をした 「此処最近、伊織は康太に食べさせて残りを食べているだけですよね? それでは体力的に続かなくなります! 康太を支える君が倒れたら、康太はどうなります? 考えた事がありますか? 食事はちゃんとして下さい!」 慎一に怒られ榊原は、肩を竦めた 「………慎一、僕は康太が食べてる所を見るだけて満足なんです」 「倒れたくなくば食べろ!」 慎一は有無を言わせず榊原にそう言った 榊原は食事を始めた 清四郎達も笑って食事を始めた 真矢は「慎一の言う通よ!」と笑って釘を刺す 清四郎も「康太の為に食べなさい!」と慎一の言う事に賛同していた 「………此処はアウェーですか?」 と、零したくなる状態だった…… 瑛太も「伊織、言う事を聞きなさい!」と言うと、慎一は瑛太にもキツい一言を放った 「瑛太さんも同様です! 明日菜が仕事を始めると飯も食わねぇ!と零してます! ちゃんと食事は取らねば、また、倒れますよ!」 また、を強調されて……瑛太はノックアウトを喰らった 「………慎一は情け容赦ない……」 と瑛太が零すと 慎一は「鬼程ではありません」と返した 榊原は慎一に 「その鬼って誰を指してます?」と尋ねた 「飛鳥井建設、社長と副社長ですが?」 慎一はしれっと、そう答えた 瑛太と榊原は顔を見合わせた 「…僕程優しい男はいませんよね?康太?」 と榊原は情けなく康太に聞いた 瑛太も康太に 「私は優しい兄ですよね?」と問い掛けた 康太は雑炊を夢中になって食べてて聞いちゃいなかった 「これ、美味めぇな!!」 慎一に「おかわり!」と差し出して全く聞いちゃいなかった 「一生、明日の午後2時頃夏海が来るからな 出迎えに行ってくれねぇか?」 一生は「あいよ!」と言い負傷した指で器用にご飯を食べていた 聡一郎は「僕はいて構いませんか?」と問い掛けた 「構わねぇせ!あに気にしてんだよ!」 「…此処最近僕は……茅の外が多かったので…」 「拗ねるな聡一郎 おめぇは大事な仲間じゃねぇかよ! 茅の外になんかした事はねぇぞ!」 聡一郎は康太………と言い泣き出した 「君の傍にいたいのに……」 「いれば良いじゃんかよ!」 聡一郎は康太に抱き着いた 榊原は聡一郎の頭を撫でた 力哉はそれを見つめていた その時玄関をバタァァァァン!!!!と開く音が鳴り響いた バタバタバタ……駆けて来る足音があった 応接室のドアを開けて… 康太の部屋のリビングのドアを開け…… 「こーた!!こーた!!」 と、泣き叫ぶ声がした 康太は立ち上がり声のする方まで迎えに行った 「隼人お帰り」 康太が言うと隼人は康太目掛けて飛び込んだ その勢いに康太は倒れそうになった それを榊原が支えた 「こーた!逢いたくて死にそうだったのだ… こーたがいない場所では生きていたくないのだ…… こーたがいない場所で息をするのが…辛くて……毎日泣いた でも聡一郎がこーたは今闘ってるんだから、その子供が弱音を吐いてはいけません!と言うから堪えた……」 隼人は康太の腕の中で泣いていた 「毎晩力哉が電話をくれたのだ 聡一郎も電話をくれた…… 一生と慎一には毎晩電話かけまくった 何時もちゃんと付き合ってくれたのだ 伊織も電話をくれて励ましてくれた でもこーただけは……電話をくれなかった オレ様もこーたには電話は出来なかった 声を聞いたら……帰りたくて駄々っ子になる だから堪えたのだ……堪えてやっと帰って来たのだ……こーた」 隼人はそう言い康太に抱き着いた 康太は隼人を抱き締めた 榊原は康太ごと隼人を抱き締め、頭を撫でてやった 「隼人、お帰り 誰に乗せて来て貰ったんだ?」 康太が言うと笙が顔を出した 隼人の荷物を持って立っていた 慎一は隼人の荷物を笙から貰うと片付けに向かった 「笙、悪かったな……」 康太は笙に謝った 「真野が電話して来たのです 暇してるなら羽田まで迎えに行きやがれ と言われました…… で、隼人を迎えに行ったんです」 「新婚なのに悪かった 妻が待ってるんだろ?帰るか?」 「僕に何か食べさせて下さい」 笙は康太にそう言った 「明日菜は?」 「蔵持の家に招かれてると想います」 「逢ってねぇのか?」 「僕は仕事でした 朝、明日菜がそう言ってました」 「電話してみろよ! 榊原の家に一人にするな! 心細いに決まってるじゃんか!」 「解りました 明日菜がいたら、此処に呼んで構いませんか?」 「…………明日は来客がある 泊まるのは困る……明日は応接室を使うからな……」 泊まるのを断られたのは初めてだった 「明日は何かあるのですか?」 「お前が知る必要はねえ! 飛鳥井康太の知人が訪問して来る! それに関与は一切無用! 逢わせる気は皆無だ!」 笙は言葉を失った こんな事は初めてだったから…… 康太はそう言うと自室へと帰って行った 隼人は力哉が連れて食事に向かった 慎一は笙に 「明日菜さんに電話をかけなさい」と声を掛けた 笙は「………こんな事は初めてなんだけど?」と困惑を隠せない表情をした 「明日は来客があります」 「それはもう決定なの?」 「ええ。明日は何が何でも康太は動きません 大切なお客様がお見えになられます!」 「………父さん達は許されて……僕はダメなんですか?」 「明日は清四郎さん達も応接室にはご遠慮願っています 勿論、飛鳥井の家族も明日は応接室には来ないで下さいと申し入れはしてあります! 笙さんだけに言ってはおりません」 慎一が言うと清四郎は 「私達は源右衛門が調子が悪いので、無理を言っていさせて戴いているのです 明日は源右衛門や飛鳥井の家族と客間で過ごすつもりです 笙もいたのであれば、客間で過ごせば良いのです」 と、慰めた 真矢も「康太は飛鳥井の家の為だけに生きているのです! 私達が口を出す事は筋が違います!」 と笙を窘めた 笙は心の何処かで許されると想っていた 飛鳥井の家なら無理は通してくれる……と想っていた 気楽に何時でも……受け入れてくれる事が当たり前になっていた 「………お邪魔しました! 明日菜もいるかも知れません 僕は帰ります……」 笙が言うと慎一が 「電話をして確かめなさい」と笙に言った 一生は黙って一部始終を見ていた 笙が疎外感を感じる気持ちも当たり前だと想う 常に飛鳥井のドアは開かれていた それが……突然……ダメだと言われたら…… 笙は困惑するだろう 「笙さん、明日は康太は静かな所で迎え入れたいんです 康太は苦しんで血を吐き悩んだ…… それでも精一杯……明日を迎えて送り出す決意なんです…… ですから……明日は誰も応接室には近づけません 飛鳥井の家族は了承しました それ程に……大切な来客があるのです」 「………一生……」 「来客中は応接室に来なければ良いだけです その配慮が出来るのでしたら、飛鳥井にいれば良い誰も止めません」 笙はため息を着いて 「一生、慎一、悪かった」と詫びた 慎一は「明日菜に電話を、入れなさい」と優しく言った 笙は明日菜に電話入れた 電話をすると明日菜は既に帰っていた 飛鳥井に来ますか?と尋ねると歩いて向かうと言った 「明日菜が来ます」 「では、下まで迎えに行きます」 慎一はそう言い応接室を出て行った 下に下りて行くと明日菜は正面玄関の前で立っていた 慎一は明日菜を連れてエレベーターに乗った そして飛鳥井の家へ招き入れた 応接室に招き入れられた明日菜は辺りを見渡した 「……康太は?」 明日菜に聞かれて慎一は辛そうに眉を顰た 「康太は今宵は応接室には来ません」 「体調が悪いのですか?」 「…………多分寝てます ですから俺は起こしには行きません」 調子が悪いのですか……の質問には答えなかった 「蔵持善之助さんから預かりモノが御座います」 「ならば、明日の朝、本人に渡せば良いです」 「………今夜は?」 「…………」 慎一は何も答えなかった 変わりに一生が 「康太を寝かせてやってくれ……」 と頼んだ 「………康太は体調が悪いのですか?」 「良くはねぇな! 本来なら入院しねぇとダメだからな……」 一生は堪える様に言葉にした 「………血を吐いたのですか?」 明日菜が問い掛けると清四郎と真矢は……顔を背けた 一生は「笙と客間に泊まって行けよ!」と言った 慎一は 「何か食べれる様に支度をして来ます 何処で食べられますか?」 と明日菜の質問には答えなかった 笙が「ではキッチンで!」と答えた 「明日菜、康太の事は弟がする 気にしなくて良い……と言う事だ」 と笙は明日菜に聞くな…と釘を刺した 「………何故?何故聞いてはいけないの? 私の主は飛鳥井康太……主を心配するなと……言うのですか?」 明日菜は怒っていた 何故…誰も教えてはくれない? 一生は明日菜に 「心配するな……とは言ってない だがタイミングが悪過ぎる…」 と呟いた その時、康太と榊原が応接室に姿を現した 康太は何時ものソファーにドカッと座ると明日菜を見た 「一生、清四郎さん達が不安がる ましてや笙も不安で仕方ねぇだろ?」 「……康太……寝て来て構わない」 一生は苦しそうに……そう言った 「寝る前に片付けねぇとな不安しか残らねぇだろ? そんな朝なんて迎えたくねぇだろ?」 康太が言うと慎一が何か飲みますか?と尋ねた 「ジュースなら何でも良い」 康太がそう言うと慎一は応接室を出て行った 「明日、飛鳥井に人が来る 来月双児を産む妊婦だ 彼女は……子を成して一年の後……黄泉へと渡る…… 我が子の行く末を頼みに来る…… だからな不安がらせたくねぇし オレ等以外の人間がいたら話も出来ねぇ 総ては家の為に子を成して……短き生涯を終える そんな彼女にしてやれる事をして送り出してやりてぇんだ…… だから明日は応接室には近付くなと家族には申し入れた 笙も泊まるのは構わない だが応接室は客が帰るまでは近付かないで欲しい 日々弱って行く妊婦を……不安がらせたくはねぇからな」 笙は生まれ行く子を遺して去ると言うのか……と母親を想い胸を押さえた 康太は空を見上げ…… 「………母なれば……子を遺して……逝きたくねぇ…… 生きてる総てを家の為に捧げ、家を存続させる為に子を産む その子を次代の家督に据えて続ける為だけに子を産む そして我が子と永遠に別れて……黄泉へと渡る 我が子と別れてぇ母親なんていねぇのにな…… 運命は…皮肉だ……」 康太はそう言うと榊原の胸に顔を埋めた 榊原は康太を強く抱き締めた 明日菜は泣きながら…… 「……その定めはもう…覆らないのですか?」 と尋ねた 「………総ては決められた理なり 星が指し示す方向は……変わる事はない」 明日菜は顔を覆った 「………オレは何度も何度も……間違いじゃねぇか……空を仰ぎ確かめた だが何度見ても……星は終焉を指し示していた 夏海はそれが見えてて受け入れた 子を成して1年後死ぬと解ってて子を産む 明日は我が子を……引き離す依頼に来る 気丈に子の行く末を指し示し配置してくれと頼み来る…… そんな二人をオレは迎える だから遠慮してくれと言ったんだ 笙、お前も人の子の親になるなら…… 子と離れたくねぇ親の気持ちは解るよな? それでもな逝かねぇといけねぇ定めなんだよ 子を想い……総て星の指し示す所に配置して 子の行く末を想い……この世を終える そんな子供の傍にいられねぇ親もいるって事を忘れるな… お前達の幸せは当たり前な事じゃねぇ 当たり前の日々なんて、この世に一つもねぇんだって忘れるな……」 笙は涙していた 辛い事を康太に言わせた 本当なら言いたくない筈だ…… 身躯も辛そうだ 顔色が悪く榊原に支えられて喋っていた 「康太、もう話さなくて良いです 兄さん達も解ってくれました 明日に備えてもう寝ますよ」 榊原は康太を抱き締めて………兄を睨みつけた 「慎一、後頼めますか?」 「大丈夫です!もう寝かせてあげて下さい」 榊原は康太を抱き上げると応接室を出て行った 笙は「康太…相当具合が悪いのですか?」と尋ねた 痩せて顔は蒼白く……儚なく見えた 「康太の事は気になさらずに!」 「……何故?心配もするな……と言う事?」 笙が言うと清四郎が 「笙、違いますよ。 今日の君は捻くれて捉え過ぎです 康太の事は伊織がします 騒ぎ立てられる事は康太の本意ではないと、慎一は言っているのですよ? 騒ぎ立てても私達に何が出来ますか? 騒ぎ立てる事によって康太を、引きずり出さねばならなくなる 寝かせてやりたいのに……さっきみたいに起きて来て辛い話をせねばならない だから慎一は気になさらずに!と言っているのです! 君達が気にして騒いで……何かが変わりますか? 変わらないのなら、寝かせてあげなさい! 違いますか?笙?」 笙は息を飲んだ…… 「………すみませんでした」 謝り……笙は想いを吐露した 「僕は甘えていたのですね 何時も受け入れて甘やかされて大切にされていた それが今日は拒絶されたと……意固地になり追求してしまいました 康太に……辛い事を言わせてしました 明日菜も康太を心配するあまり……自分を見失った 無くしたくない想いばかり募り……意固地になってしまった 疎外感を感じたのです……」 笙がそう言うと明日菜も 「……本当にすみませんでした 蔵持の御当主にお会い致しました 結婚祝いを戴き……本当に大切にしてくれました 御当主が康太は逢ってくれないので……と淋しそうに話すので……倒れた事を言ってしまいました…… そしたら康太に渡して下さい……と頼まれものをされました 大学の入学祝いだそうです 中々逢って貰えないので……託されてしました…… それもあって……私も意固地になっておりました」 明日菜は清四郎と真矢に深々と頭を下げ 一生達にも謝った 慎一は立ち上がると 「今夜は泊まって行かれると良い さぁ、お腹が減ってるでしょ? 明日菜は二人分食べないといけませんね 笙さん、我が子と妻を養わねばならない身です!食べて下さいね」 と笙と明日菜を促しキッチンへと向かった 真矢は一生に 「……ごめんなさいね……」 と謝った 一生は笑って 「康太を想えばこそです! 笙は淋しかったのですよ、多分 甘え様と来たのに……笙は康太の現状を知らなかった……疎外感を感じたと想います 意固地になったまま帰らせなくて良かった」 一生を、抱き締めて清四郎は 「今宵は皆と仲良く寝ましょうか?」と提案した 「良いですね!康太がいたら、明日菜との雑魚寝は遠慮せねば危ないですがね 源右衛門も、誘ってに間に布団を敷きます」 「手伝うわ」真矢は楽しそうに言って 一生達と客間に向かった お腹の膨れた笙と明日菜を呼んで この日は客間で雑魚寝した 途中、玲香と清隆と加わり、淋しがり屋の瑛太も加わり… 客間は襖を取っ払って、かなりの賑わいで寝た 夜更けまで話は尽きなくて…… 笑い声が響き渡った そして眠りに落ち…… 寝息が響き渡った 優しい眠りに包まれて…… 家族は願っていた

ともだちにシェアしよう!