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第45話 撮影旅行 笑顔 ①
朝、目が醒めると、榊原の優しい顔が目に入って来た
榊原は康太が目が醒めたのが解ると
「おはよう奥さん」
と言い、口吻を落とした
「何時から起きてんだよ?」
「少し前ですよ?」
「オレ、寝相悪かった?」
榊原は康太の寝相で目覚める日の方が多かったから…
康太は心配した
「昨日は素敵でしたよ…奥さん」
榊原は康太の背中にキスした
「………伊織……」
「愛してます奥さん」
「オレも伊織だけ愛してる」
「起きますか?」
榊原との余韻に浸っていたい気持ちは大きい
でも朝は来る
そして始まる闘いもあった
甘い時間を断ち切って逝かねばならない時もある
康太は起き上がった
そしてベッドから下りて浴室へ向かった
ずっと……榊原の胸で甘えで顔を埋めたいのに……
それは出来ない
本来の撮影すら出来ていない
期限は5日間
昨日1日消費してるから、残り4日間
余韻に浸ってる場合じゃない
解ってる……
そんなのは解ってる……
でも……目が醒めて愛する男が目の前にいたのだ
甘えて余韻に浸りたい想いは大きい
康太は自嘲の笑みを漏らした……
康太はシャワーのコックを捻ると、思いっ切り湯を出して、その下に立った
榊原が康太を追って浴室に入って来た
「康太……どうしたんですか?」
「伊織、今日も忙しいぞ」
康太はシャワー打たれ、そう言った
抱き締めようとする榊原の腕を……やんわり、解いて
康太はシャワーを浴びた
そして「オレ、出るな」と出て行こうとした
榊原は康太の腕を掴んだ
「康太……何か気に食わなかったの?」
「………違う……」
「ならどうしたの?」
「どうもしねぇ、伊織、支度をしてホテルを出る」
「………康太……話してくれないんですか?」
「………伊織と離れたくなかっただけだ……
現実を考えたら無理なのは解ってる……
でもなお前の胸に顔を埋めていたかった……それだけだ……」
榊原は康太を抱き締めた
「………康太……愛してます…」
「………オレも愛してる…」
強く抱き締め合っていた
熱いシャワーが二人に降り注いだ
「………伊織……逆上せる…」
「……出ますか?」
「……ん……逆上せちまう…」
榊原はシャワーを止めると、康太を抱き上げて浴室を出た
バスタオルで康太を包み拭いた
「康太、僕も君を離したくないんですよ?」
ストイックな男は欲望を服の下に隠して……
康太に尽くしてくれる
「伊織の胸に顔を埋めて……甘えたかった…」
逝かねばならないのは解ってる……
でも愛する男の腕に酔い痴れていたかった
榊原は康太を抱き締めた
「何時でも僕の胸に顔を埋めていて構いません
君だけの為に在る存在ですからね、僕は」
康太は榊原の胸に顔を埋めて……背を抱き締めた
「………伊織……ごめん……我が儘言った…」
「我が儘じゃありませんよ
僕も君を離したくないんですから……
君の髪の匂いを嗅いでいたい……離したくないのは僕も一緒です…」
「………伊織……そろそろ支度しねぇと……」
「……ですよね?
1日中、時間を気にせず君を抱いていたいです」
「オレもそう思う」
榊原は康太の唇に口吻を落とし、体躯を離した
そして着替えて行く
康太にはスーツを着せた
榊原もスーツを着て、支度した
部屋の外に出ると、一生が待ち構えていた
「一生、ノックすりゃぁ良いやん」
康太は笑って一生を抱き締めた
「おめぇらの時間を……邪魔したくねぇ……」
「そっか?オレは伊織といてぇけどな、そう言う訳にもいかねぇかんな」
「だから!………一緒の時は……邪魔したくねぇんだよ!」
「一生、若旦那は?」
「康太を待ってる…」
「なら行くとするか!」
康太はそう言い歩き出した
康太の後ろを榊原が寄り添って歩く
一生はその後を付いて歩いた
「一生、こっち来いよ!」
康太が言う
康太は笑っていた
「流生のビー玉な、買い物に一緒に行った時に見付けたんだ
それが去年のクリスマスだ
それからずっとポケットに入ってた流生のお守りだ!」
「………え?……お守りだったのか?」
「なくさない様に何時もポケット確かめてたろ?
あのビー玉を無くしたくなくて確かめてたんだよ」
そう言えば……何時も流生はポケットを上から撫でて確かめた……
「流生のお守り……俺が貰って良いのかよ?」
「かじゅにあげゆ……って言ってたからな良いんだろ?」
康太は笑って先を歩く
一生は……溢れて来た涙を拭った
優しい子に育った
親の愛があればこそ……流生は優しい子に育ったのだ
それが嬉しくて……一生は泣いた
榊原がそうっと一生の肩を抱き締めた
下へ下りて逝くと、慎一が康太を待ち構えていた
「若旦那と家族はレストランに朝食を取りに行きました」
「そっか…翔達は?」
「清隆さんと清四郎さん達が連れて行きました」
「ならオレ等もレストランに行くとするか!
慎一、長瀬が来ている
夜には部屋に来させてくれないか?」
「……長瀬先生……ですか?」
「あの男は一流企業にいてもおかしくない男だ
客観的な瞳でホテル中を回って貰っている
今夜辺り報告に来ると想うかんな」
「解りました」
「そしたら水野と一色を部屋に呼んで、長瀬の報告に目を通し……残り3日で撮影を仕上げる事になる」
康太はそれだけ言うと、レストランに向かった
康太は我が子のいる席に座った
「父ちゃん、清四郎さん悪かったな…」
康太が謝ると清隆は
「孫はどの子も可愛いので大丈夫です
孫といられない方が辛いです…」と訴えた
「父ちゃん……」
清四郎も
「君と伊織の子なら、私にとっても孫です
どの子も可愛いです!」
「清四郎さん……ありがとう…」
「翔達が『じぃじ』と呼んでくれるのです!
嬉しくてね」
真矢も笑っていた
明日菜は美智留ではなく瑛智を抱っこしていた
美智留は玲香が抱っこしていた
「……明日菜……瑛智は重いぞ」
「でも可愛いな……翔とよく似てる」
「………親は一緒だからな、似るのは当たり前だ」
「……そう言うのじゃなくて……
瑛智も力持ち?……なのかなって…」
「…………明日菜……どうしてそう思った?」
「………この子も空気を詠んでる…」
「………転生した魂だからな……全くねぇ訳じゃねぇ…」
康太はそう言い席に着いた
榊原は朝食をバイキングから持って来て康太の前と自分の前に置いた
康太は黙々と朝食を取っていた
朝食を終えると、康太は戸浪に声をかけた
「若旦那、アポ取ってあるのか?」
「…………それが逢って貰えなくて……」
「逢わねぇなら逢いたくさせるまでだな…」
康太は呟き立ち上がった
「父ちゃん母ちゃん、オレは今日は出てるかんな、子供達の事を頼むな
明日から最終日まで撮影に入りてぇかんな」
康太が言うと清隆は
「子供達を見る手は沢山あります
君は君のすべき事をしてらっしゃい」
と送り出す
康太は家族と榊原の家族に深々と頭を下げた
そしてレストランを出て行った
榊原や戸浪や田代達と部屋に戻ると、康太は胸ポケットから携帯を取り出した
「善之介、久しぶりだな」
『……康太……本当に康太ですか!』
中々逢えなかった善之介が……感激して叫んだ
「善之介、佐藤栄作とは知り合いか?」
『………お亡くなりになった方じゃなく?』
「そう!生きてる方の、北海道にいる佐藤栄作だ」
『………知り合いと言う訳ではないです…』
「……でも、おめぇの頼みなら時間は作るよな?」
『……多分……』
「なら午前中、時間を作れと頼んでくれ」
『……解りました秘書に圧力を掛けさせて、時間をもぎ取ります!少し待ってて下さい』
善之介は携帯をテーブルに置くと、秘書を呼び出し
『佐藤栄作に連絡を取り、午前中、わたしの知り合いが訪ねて行くから時間を作る様に申し付けて下さい
歯向かうなら……圧力掛けても構わない』
善之介は秘書に毅然と申し付けた
『康太、今度何時逢ってくれますか?』
善之介は康太に合う時間を強請った
「北海道から帰るのはGW過ぎだからな…
帰ったら時間を作る」
『絶対ですよ!』
「おう!お前の約束を最優先する」
秘書が時間を取った…と善之介に伝えた
『康太、お時間を作らせました!』
「悪かったな善之介……」
『いいえ、構いません!
私の力が必要でしたら何時でも言って下さい
持てる限りの力を駆使して、貴方をもり立てて行く用意は出来ているのです!』
「横浜に帰ったら電話する」
『ええ!お待ちしておりますね
今度、蔵持グループのCMも撮って下さいね』
「………恐れ多いってば……
ならな、善之介、本当に助かった」
康太は電話を切った
「若旦那、段取りは出来た!
さてと、行くとするか!」
「……場所は……解ってるのですか?」
康太は榊原にタブレットを渡した
「ちと、待ってろ!」
康太は携帯を取り出し電話を掛けた
「公章、車を用意してくれ」
電話に出るなり要件を告げられ……
『……車……ですか?』
と榎並公章は……理解出来ずにいた
「おう!少し野暮用で出掛けるからな車を用意して欲しいんだよ」
『何名様…ですか?』
「四名!早く行きてぇんだ」
『解りました!直ぐにご用意致します』
「公章…」
『はい!』
「買収を望んで足を引っ張る社員は解雇にしろ!」
『………真贋……』
「そのホテルの半分の社員はクビ対象だな」
『………真贋……何をしにいかれます?』
「オレか?おめぇに餞も渡してなかったからな
あの日……渡せなかった餞をおめぇにくれてやるんだよ!」
『……真贋……貴方はCMだけ……それ以外は望んではおりません……』
「勿論、CMも撮るぜ!
その為にオレは北海道の地に下り立ったんだ
仕事はする!
だけどな公章、オレはもうおめぇを見送った時のガキじゃねぇ……
公章、おめぇがくれた日々をオレは忘れちゃいねぇぞ!」
『………康太君……』
「車を回せ!
トナミ海運の社長も共に逝く
おめぇは持ち堪えてこの地に根付け!
オレが心に遺るCMを作ってやるからな!」
『………康太君……』
「今から下へ下りて行く
車を回してくれ」
康太はそう言い電話を切った
立ち上がると「行くとするか!」と言い部屋を出た
榊原と戸浪と田代と共に階下に下り、ホテルの正面玄関へ行くと、リムジンが止まっていた
運転手は車から下りて
「飛鳥井康太さんですね?」と尋ねた
「おう!そうだ!」
康太が答えると運転手はドアを開けた
「どうぞ!」
深々と頭を下げられ、康太達は車に乗り込んだ
一生が心配そうに……正面玄関に立っていた
「一生、来るか?」
康太は窓を開けて声をかけた
一生はリムジンに近寄った
「………邪魔にならねぇか?」
一生は不安げに言った
康太は笑って「なら留守番してろよ!」と言った
「着いてく!」
一生がそう言うと運転手は車から下りて、後部座席のドアを開けた
一生はリムジンの中に乗り込んだ
「車を出してくれ!
行き先は佐藤栄作の自宅だ!」
康太が言うと運転手は「伺っております」と言い車を走らせた
康太の髪は風もないのに靡いていた
皮肉に唇の端を吊り上げて嗤っていた
榊原は康太の手を握り締めていた
「……ふ~ん……正義も北海道にいるのかよ?」
『……勝機はお前の処へ手繰り寄せられておる』
「あたりめぇじゃん弥勒!
オレは絶対の勝機しか呼び起こさねぇよ!」
康太は声を出して嗤った
「なら正義も拾って行こうかな?」
『千歳空港にまだおる』
「ありがとう弥勒、助かった」
『横浜に帰ったら、音弥を連れて参れ』
「………解った……」
『ならな、康太
我は何時もお前を護っておるからな…』
弥勒は気配を消した
康太は運転席直通の受話器を手にした
『どうなさいました?』
「千歳空港に寄り道してから行ってくれ」
『解りました!では千歳空港に向かいます』
受話器を置くと康太は榊原の胸に顔を埋めた
榊原は康太を強く抱き締めた
千歳空港に到着すると、運転手はドアを開けた
「オレ一人で行く」
康太はそう言い車を下りて、千歳空港の方へ向かった
千歳空港の中へ入ると………
サングラスをして眉間に皺を寄せてる人相の悪い男を見付けた
気配を消して横に立つ
「ヤクザにしか見えねぇなぁ~」
康太が声を掛けると堂嶋は驚いた顔をして……
声の方を向いた
「………何時から……?」
「少し前から……暇か?」
「………遊びで来てる訳じゃない…」
「なら目的地まで送ってやる」
「………坊主……何でこんな所にいる?」
堂嶋は驚愕の瞳を康太に向けた
「こっちに来いよ!正義」
「…………坊主……」
スタスタ康太が歩き出すと堂嶋は康太の後を着いて歩いた
リムジンの前に立つと運転手が下りて来て、ドアを開けた
康太は堂嶋を掴んでリムジンの中に乗り込んだ
康太は榊原に抱き着いた
「正義、ゲットして来た」
康太が言うと榊原が堂嶋にペコッと頭を下げた
「正義さんお久しぶりです」
「坊主は何処へ行く気だ?」
堂嶋が問い掛けると康太はニャッと嗤った
「佐藤栄作の所!」
堂嶋の顔付きが変わった
「………なら目的地は同じだな」
「だろ?要件は違うけどな!」
「坊主の要件は?」
「オレか?オレは潰しに行くんだよ」
「………佐藤栄作……を?」
「頭打ちしとかねぇとな……
そのうち政局にも口を出すぜ!」
安曇勝也は『正義…佐藤栄作を黙らせねば……政局は……揺らぐ…』と言われたばかりだった
「叔父貴と同じ事を言うのだな…」
「あたりめぇじゃん!
安曇勝也を作ったのはオレだぜ?」
「………え?……」
「まぁ、オレが潰しに行くのは別の理由だがな…」
「………どんな理由で……」
「正義、おめぇは実害出てるんだろ?
北の大地の狸が政局にいちいち文句付けて
自分の息の掛かった政治家を送り込んで来る
そのうち立候補するぜ!
そしたら本人が国会を手中に収めたみてぇな事をぬかすぜ!」
康太は皮肉に唇の端を吊り上げ嗤った
堂嶋は唖然としていて……戸浪がいる事に気付くのが少し遅れた
「………戸浪さん……」
「久しぶりですね正義君」
「………戸浪さんもご一緒……ですか?」
「ええ!うちは実害が出てるんで……GW返上で来なければなりませんでした……」
「………実害?」
「トナミの所有する倉庫が有害だと立ち退き運動されてます……
それの主犯格が………佐藤栄作……でして…
私は何故、そんな運動をするのか話し合うつもりで来ました……
ですが、逢っては貰えませんでした……」
「………俺もアポは総て……無視されて……どうしたものか思案していたら坊主が現れた……」
「私もそうです……
アポすら取り継いで貰えなかった……」
「………アポ……なしで行くのですか?」
正義は康太に問い掛けた
「訳ねぇじゃんよぉ!
アイツも莫迦じゃねぇだろ?
経団連会長のお言葉は無視は出来ねぇよな?」
と、康太は嗤って言い捨てた
その顔の……底知れぬ恐ろしさを知る
「まぁな、打つ手は沢山ある
善之介が駄目なら、瓜生健一郎を使えば、道内なら大概の奴は聞く耳も持つだろ?
瓜生健一郎を出す前に聞いて貰えて良かったよ」
瓜生健一郎……
北海道では絶大な権力を持つホテル王と言われる男
鉄道、ホテル、スキー場、北海道の絶大的な企業の頂点に君臨する男だった
堂嶋は「……瓜生健一郎……とお知り合いか?」と尋ねた
「瓜生の家は馬を育ててる
飛鳥井も馬を育ててる
馬の世界は広いようで狭い……なぁ若旦那」
「……ええ……馬主の顔ぶれは変わりませんからね…」
「……馬……」堂嶋は呟いた
「瓜生に貸しは作りたくねぇけどな、手立てがねぇなら、瓜生は何時だって動いてくれると言う事だ」
それで納得した
「……で、このリムジンは?
どうなさったのですか?」
康太が好んで乗る車ではない……
伴侶の車のなら好んで乗るが、車にこだわりはない筈だ
「この車か?
公章に車を用意しろと言ったら……
リムジンだっただけだ……」
「……公章さんとは?」
「公家グランドパレスホテルの社長」
「………榎並公伸さんのご子息の?」
「そっか……おめぇは公伸に逢ってるよな?」
「はい!」
「そう!公伸の息子、公章が今社長してんだよ」
「………公家……そうか……そう言う事か…」
堂嶋は納得した
康太が縁のなき者の為に動く筈などないから……
「オレは明日からホテルを動く訳にはいかねぇんだよ
撮影に入るかんな…
後、術後の母ちゃんを心配させたくねぇだよ…」
「……玲香さん?どうされたのですか?」
「………」
康太は榊原を見た
榊原は一生を見た
一生は…「義母さんは子宮癌だったんです…」と説明した
「……真矢さんも入院してので、二人の母親の為に康太は静養を兼ねて来たんです」
堂嶋は言葉をなくした……
「……知らなかったので……お見舞いもしませんでした
本当に申し訳ない……」
榊原は康太を抱き締めて……
「僕の母は子宮外妊娠でした……飛鳥井の母は子宮癌でした……婦人科系の病気でしたので……
お見舞いに来られたくなかったと想います…」
「……そうですね……無粋な男で……済みません」
堂嶋は榊原に謝った
榊原は「お気になさらないで下さい」と取り成した
「正義、今夜泊まる場所は?」
長引いたら北海道から還る訳にはいかなかった
「……決めてはおりません」
「なら泊まらなくても良い様に話を決めねぇとな」
「そうなれば‥‥願ったりなんですがね」
「願ったり叶ったりとなる様に願っとけ!」
康太はそう言い笑った
そして到着するまで榊原の胸に顔を埋めた
『康太様、到着いたしました』
運転手の声がすると、康太は顔を上げた
「さてと、行くとするか!」
康太の顔は……付け入る隙間もない位……
キツい瞳をしていた
紅い妖炎が康太を包む
康太は車から下りると榊原に手を差し出した
榊原は笑ってその手を取った
リムジンから下りると、佐藤栄作邸の前に立った
インターフォンを鳴らしてカメラを睨み付けた
『どちら様でしょうか?』
使用人だろう
年配の男性の声が聞こえた
「経団連会長、蔵持善之介氏からお聞きしてると想いますが、知り合いの者です
お通し願います!
断れば……それなりの報復は覚悟して下さい」
『……お待ちください…』
主に問い質しに行ったのだろう
暫くすると
『お伺いしております!
お通りください』
と言う声が聞こえた
康太は唇の端を吊り上げて嗤っていた
ドアが開いて、使用人が頭を下げて迎え入れられる
応接室に案内されて、康太はソファーに座った
足を組んで、肘置きに肘を着いて待ち構えていた
暫くすると使用人がお茶と茶菓子を出して
「今、主が参ります」と頭を下げた
暫くすると佐藤栄作が応接室にやって来た
歌舞伎役者みたいな上品な顔立ちに和服が似合っていた
佐藤栄作は一人がけのソファーに座ると……
ふんぞり返ってソファーに座る……少年に……目を遣った
自分が応接室に入って来たと言うのに立ち上がりもしなかった……
無礼な奴だな……と佐藤栄作は憤慨していた
「……経団連会長、蔵持善之介さんのお知り合いの方……ですか?」
佐藤栄作は問い質した
「そうだ!でなきゃ来るかよ!」
康太は小馬鹿にして言った
佐藤栄作はムカッとした顔をした
「失礼ですが、お名前は?」
「聞かせてやっても良いが、聞いたら後に引けねぇぜ?」
「…後に引く気などない!名乗られよ」
「オレの名は飛鳥井康太!
現 飛鳥井家 真贋になる」
え………代替えしたとは聞いたが……
こんな小僧が……
佐藤栄作は驚愕の瞳を康太に向けた
「………で、 飛鳥井家真贋が我にどう言ったご用件で?」
「公家クランドパレスホテルの買収は諦めよ
後、トナミ海運の倉庫も買収しようと嫌がらせするのは辞めろ!
お前は北の大地に君臨していれば良い
政局に乗り出せば潰す!」
「…………それは……誰に申されてるのですか?」
「佐藤栄作、おめぇだにだ!」
「…………買収される方が弱いだけです
弱肉強食……この世の摂理に御座いますが?」
「ならば、オレもかなり強引にお前を潰してやろうか?」
「……小僧が…生意気な口を聞くな!」
康太は携帯を取り出すと電話をかけた
「飛鳥井康太だ!瓜生健一郎か?」
康太はハンズフリーにして話し出した
『おぉ!康太ですか?どうました?』
「北の大地に飛鳥井康太が下り立った
勢力に乗って潰したい相手がいる」
『貴方が北の大地に来られですね
なれば、私は貴方の後ろ盾になりましょう!』
「力だと言う奴がいるかんな!
オレも力を見せ付けてやろうと想ってな!」
『解りました!
なれば、道内の強者を私は揃えましょう!
で、貴方に喧嘩を売る愚か者は……誰なのですか?』
「オレは今、佐藤栄作の家にいる!
公家クランドパレスホテルの買収を辞めねぇらしいし、トナミ海運の倉庫へ嫌がらせも辞めねぇと言ってる
この世は弱肉強食だとぬかした
ならば、潰しで力を見せ付けてやろうと想ってる!
このまま捨てておけば天下を取った気で、政局に口を出しそうだし
頭打ちは必要だと想ったんだよ
公家クランドパレスホテルは、道内のホテルと調和を取って協力してる筈だ
あれは生かしておいて構わねぇ
そのうち榎並公章が本領発揮してくれる
あれは兵藤丈一郎の懐刀だった男の息子だ
おめぇに取って損にはなられねぇよ!」
『そうですか!
なれば全面的に貴方に協力致します!
康太、何時かで良いので、私に戸浪社長と逢わせて下さい
戸浪社長と親しくなりたかったのです
今度逢わせて下さいね!』
「健一郎」
『はい!』
「若旦那に逢いたければ逢わせてやんぜ!
ついでに堂嶋正義も此処にいる!」
『……本当ですか?
堂嶋正義……孤高の戦士も逢いとう御座いました
佐藤栄作の家に向かえば逢えますか?
君にも、他の方にも!』
「おう!逢えるぜ!」
『愛してます康太!
私は君に逢いたい…』
「……健一郎……我が伴侶もいる」
『お逢いしとうございます!
では10分お待ちください!』
瓜生健一郎は電話を切った
康太は楽しそうに嗤った
「健一郎を出したくはなかったけど……仕方がねぇか……
おめぇが力で来るなら、オレも力を誇示してやんよ!
おめぇとオレと、どっちが強いか比べるとするか!
オレの為に動く人間は北海道だけじゃねぇぜ!
それらを全部動かせば……おめぇは何分で潰れるかな?」
破壊神の如く恐怖を憶えさせる笑みを浮かべ、悠然と待ち構えていた
佐藤栄作は何が起こっているか……解らなかった……
こんな子供に……?
何故潰されなければなない?
佐藤栄作は唖然としていた
瓜生健一郎は本当に10分で、佐藤邸にやって来た
応接室に通された瓜生健一郎を見て……
佐藤栄作は敗北を知った
幾ら自分が北海道で力を誇示していても、道内一の権力者、瓜生健一郎には叶わない……
瓜生健一郎がその気になれば財界人政界人……
動かして……潰されるのは目に見えていた
瓜生健一郎は康太の横に座ると、佐藤栄作を見た
「お久しぶりですな佐藤さん」
「…………瓜生さん……本当にこんな小僧の後見人に?」
「佐藤さん、現 飛鳥井家真贋を甘く見れば、自分に跳ね返って来ますよ?
潰されたくなくば……真贋の言う通りになさい!
彼を支持するのは私だけに非ず!
全国の名士が首を揃えて彼を護る
その力、この国を動かず原動力になる事もある
彼は現総理のご子息でもあられる
正式な嫡子ではないが、相当に扱われている
天皇家とも飛鳥井家は近い存在で在られる
奉納の舞いは飛鳥井家真贋しか踊れはしません
そんな飛鳥井康太を敵に回せば……5分と持たない
彼は敵に回して良い存在ではない
共存してこそ……導いて貰える存在だ
貴方が飛鳥井康太を潰そうとするなら、私は君を潰すしかない
君を潰す為ならどんな手を使っても惜しみはしない
飛鳥井康太に破滅の序章を唱えられたくなくば……
従いなさい……
これは忠告だ……無視するなら全力で潰す!」
瓜生健一郎は佐藤栄作に宣告した
そこまで言われれば……
引くしかなかった………
「私の負けに御座います………」
佐藤栄作は……己の敗北を……知るしかなかった
跡形もなく潰される恐怖を知った
力を誇示する相手が怖いと………
初めで思った
「オレの要求は3つ!
公家クランドパレスホテルの買収から手を引け!
トナミ海運の倉庫の立ち退き運動を辞めろ!
政局に口を出すな!
それだけだ!」
「総て飲まさせて戴きます
と、言いたいですが、トナミ海運の倉庫
あれは土地を移動して戴きたいのです……
それだけはお聞き入れ下さいませんか?」
「…………それは本人がいるんだから本人に言えよ!
社長と言っても、若旦那の把握しきれない事もあるかんな!
それは話してやらねぇと解らねぇだろ?」
「……はい!済みませんでした……
本来なら運動を起こす前に伝えるべきでした
ですが…あの倉庫のトップは聞く耳は持ちませんでした……
会社は地元の人間を踏みにじっても……構わない事なんですか……
その怒りが…運動へと走らせました……」
佐藤栄作は深々と頭を下げた
戸浪は……何があったのか解らなかった
「あの、我が社の者が何かしでかしましたか?」
戸浪は問い掛けた
「トナミ海運の倉庫に働く者は傍若無人な働きをするのです
事故が凄いの知ってますか?
トラックの出入りが凄いのに…警備員すら立たせてません……
トナミ海運のトラックが地元住民に与えた損害は総て無視されました……
それで、運動へと発展しました……」
「……それは私の所まで上がってません……
田代……知っていましたか?」
戸浪は秘書の田代に声をかけた
「………社長、そんな情報を掴んでいたら社長にあげずにはおりません!」
戸浪は康太を見た
「………康太……私はどうしたら良いのでしょうか…」
「トナミ海運の現地に行って問い質すしかねぇだろ?
オレは明日には撮影に入るかんな……もう動けねぇ」
「…解っております……」
「だからな行くなら今日しかねぇぞと言ってる」
「………康太……」
「佐藤栄作、公家クランドパレスホテルは引いてくれるか?」
「はい。あの買収は公家の親族から持ち掛けられたのです……
貴方が出て来るなら……買収など致しません」
「政局に口を出すな……って言っても出してなさそうだな…」
「……私は地元の議員に窮状を伝える様には言いました
政局に出て取って代わろうなどと、身の丈を超える事など望んではおりません……」
「と、言う事だ、正義
佐藤栄作の名前を出せば罷り通ると思った奴に濫用された感は否めねぇな……」
「………佐藤啓二……って血筋の者か?」
堂嶋は佐藤に問い質した
「甥に当たる」
「………彼の政策秘書をなさってるのでは?」
「政策秘書?……私は政治家向きではない…」
「……なら誰に踊らされてる?」
堂嶋は問い掛けた
康太は静かに……話し始めた
「おめぇを見てると……アイツを想い出す…
昔話をしてやろう……100年の昔……有能な男がいた
その男は飛鳥井と同等の力を持っていた為に…
周りに踊らされて……総てを無くした
オレが……アイツの前に下り立った時……
アイツは世間を恨んで……果てるつもりだった
同じ眼を持つ飛鳥井を恨んで……破滅の序章を放った……
オレはアイツを討った……
主に仕えれば……アイツの人生は違ったものになったろう…そう言った……
まるで、おめぇはその時の………御厨忠和だな……
誰かに利用されて骨の髄までしゃぶられて……
総てをなくして……その男は人生をやり直そうと……願った
その男に……おめぇは似てるな……」
康太は佐藤栄作を見た
「………私はやり直せますか?……」
「生きてればやり直せるさ
おめぇにも……誰も間違いを正す輩がいねぇんだな
おめぇを正す人間がいれば…違ったのにな…」
「………ごもっともです……」
人間不信になり……
殻に籠もった……
担ぎ出されて……チヤホヤされて有頂天になった
利用されてるのは解っていた
そして……引けなくなった……
所詮……人はそんなものかと……絶望して……
孤立した
周りは適当に持ち上げて突き落としての繰り返しだった
人生に疲れていた……
「………おめぇ……切っ掛けさえあれば…死ぬだろ?」
瓜生健一郎は、え!と驚愕の瞳をして康太を見た
「孤独だもんな……
そんな所も……似なくても良いのにな……」
「………一つお聞かせ下さい」
「あんだよ?」
「………その方は……どうなったのですか?」
「……それは本人に聞くか?」
「……え?……」
「慎一にはトナミ海運の倉庫の視察に行かせてあんだよ!
トナミ海運の倉庫にいるからな呼べば来るだろ?
一生、慎一を此処に呼んでくれ」
一生は「あいよ!」と言い立ち上がった
「健一郎、何となく、呼ばれた意味解った?」
「………解りたくないですけどね……
此処まで無防備だと……支えが要りますね」
「おうよ!流石、健一郎!
トナミ海運の戸浪海里さんと、堂嶋正義だ
若旦那、正義、瓜生健一郎だ!
知り合っておいて損はねぇ男だ」
瓜生健一郎は立ち上がり、戸浪と堂嶋に深々と頭を下げた
「康太が子供の頃から愛を囁いてる瓜生健一郎です!お見知りおきを!」
戸浪と堂嶋は瓜生健一郎に手を差し出した
「堂嶋正義です!宜しくお願いします」
「トナミ海運社長の戸浪海里です!宜しくお願いします」
戸浪も手を差し出し握手を交わした
戸浪と堂島は名刺を交換し、今後の付き合いを約束した
暫くして慎一が佐藤邸の応接室に顔を出した
「お呼びですか?康太?」
「慎一 いや、御厨忠和……
おめぇによく似た男を見かけたんだ
利用されて破滅を待ってて……朽ちて行こうとしてる奴を見てな…
あの時のおめぇを……思い出した……」
「……康太……」
「そこにいる佐藤栄作……
あれは昔の御厨忠和……おめぇだな…」
欺瞞に満ちた人生を……悔やんでも戻る道なんてない……
なれば……総て滅びでしまえ……
そう思っていた頃の自分……?
慎一は佐藤栄作を見た
「…………その方が……御厨忠和…本人なのですか?
貴方が話した方は……100年の昔……
今……本人がいる筈などない……」
佐藤栄作に謂われ慎一は真実を話した
「………100年前の俺は、飛鳥井康太の奇蹟を追って転生した
飛鳥井康太の道を辿って……最後の力を振り絞って転生した
飛鳥井康太を主と定め
転生の道を辿った
主と定めた人と逢った時、総てを忘れていたくなかったから記憶は遺したまま転生の道を辿った
だから記憶はあるのです」
慎一は前世の記憶は残っていると前置きして
「御厨忠和の人生は欺瞞と……虚栄にみちていた
持て囃されて、利用されて……
気付いた時には誰も側にはいなかった……
滅ぶしか道がない……
ならば……と逆恨みした
総ては……自分が……人との関係を築いて来ないのが原因なのに……逆恨みした
俺は今……飛鳥井康太の側に転生出来て本当に良かったと想っている
あのまま……討たれて死んでなくて良かった…
空っぽの……世間ばかり恨んで死ななくて良かった
そう思っています…」
静かに話した
佐藤栄作は慎一の言葉を聞いて…
泣いた
何もない自分が……
初めて悲しいと思った
嗚咽を漏らし……佐藤栄作は泣いた
慎一はそっと佐藤を抱き締めた
「生きていれば……何度でもやり直せます
貴方がなりたい自分に……近付けます」
「………なれますか?
利用されて……持て囃されて……猜疑心ばかり強くなった……
それでも……必要とされている……
と利用されていると解ってて……解りたくなかった…」
慎一の目の前に……
かっての自分がいた
人を羨み……世間を羨み……自分は不幸だと呪詛を吐いた
その頃の自分がそこにいた
「……貴男には支えてくれる人を康太が用意してくれました
ですから変わって下さい
……変わった自分を手に入れたら……
貴方の生きてる世界は少しだけ変わります」
「……ありがとう……本当にありがとう……」
佐藤は慎一の手を掴んで泣いた
慎一は……佐藤の傍から離れた
「康太、トナミ海運の社員の起こした事故は、人身物損、合わせてかなりの数上がってます
社員はトナミ海運の社員と言うネームバリューを利用して……かなりの悪事を引き起こしてます
通学途中の女子高生を車に連れ込んでレイプ…事件がありました…
それが引き金になったみたいです
そんな会社がいては安心して住めない……
それが立ち退き運動の全貌です」
戸浪は慎一の言葉を静かに聞いていた
慎一は警察の事故の資料を手に入れ、戸浪に渡した
戸浪は……驚愕する事ばかりだった……
「その事故報告書は氷山の一角に過ぎません
家の塀を崩壊しても知らぬ存ぜぬを決め込んで罷り通そうとしているのは会社全体の体質ですかね?」
慎一は独り言ちた
康太は立ち上がった
「佐藤栄作、もう大丈夫か?
ダメなら気晴らしに横浜に来いよ」
康太は名刺を渡した
「片付けねぇとダメな事ばかりあるからな
オレはトナミ海運に行って、片付けたら
公家の奴等を排除しねぇとな
そしたらCMを撮影して、横浜に帰らねぇとならねぇんだよ
GW中だけしかいられねぇかんな!
ほら、若旦那行くぜ!
正義はどうするよ?」
「………俺が来た用は総てお前が片付けたからな…
叔父貴に報告せねばならねぇからな、帰るわ」
「勝也には排除すべき存在は……他にいる…と伝えといてくれ……
致命的な…ダメージを受ける事になるぞ…ってな!」
「………それは……警告か?」
「そうだ!」
「叔父貴には伝えておく」
「なら行くとする!
栄作!またな!」
「公家の親族が黙らなかったら……お呼びください」
「その時は頼むな!」
慎一は立ち上がった
「俺は先に行ってます
正義さん空港までお送りしましょうか?」
「頼めるか?」
「はい。ではご一緒に…」
「坊主、横浜に帰る頃、家を尋ねる」
「解った!またな正義」
堂嶋は康太を抱き締めて、慎一と共に佐藤邸を出て行った
康太も榊原と一生と共に、トナミ海運の会社へ向かう為に佐藤邸を後にした
リムジンの運転手が康太を待ち受けてドアを開けた
「公章に公家の親族一同を夜までに揃えろ!と伝えといてくれ!」
「解りました!
貴方方をお乗せしたしたら連絡を入れます」
康太達がリムジンに乗り込むと、ドアを閉めて運転席に乗り込んだ
そして榎並公章に連絡を入れた
「お伝え致しましたのでトナミ海運の倉庫へ向かいます」
「悪いな」
「お気になさらずに!
私はホテルが社長の手から離れないのでしたら…
どんな事でも致します」
「それは今夜の話し合いに掛かってるな…」
運転手は何も言わず、車を走らせた
トナミ海運の倉庫の手前で、康太は車を停めてくれ!と頼んだ
リムジンは「少し先で車を停めて待っております」と言い見送ってくれた
康太と榊原、一生は、トナミ海運の倉庫に近寄った
倉庫に出入りするトラックが我が物顔で走って行く
歩行者を気にもとめずに…トラックは出入りしていた
康太は「傍若無人って……こう言うのを言うのか?」とボヤいた
榊原が康太を守って立ち止まる
排気ガスを撒き散らし……歩行者を蹴散らして……
我が物顔でトラックが走る……
トラックは誘導員がいないから急に飛び出す
歩行者や自転車……バイクに車の方がトラックを気にして走らねばなない現状だった
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