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第52話 別離の時 ②

榊原は康太を促してキッチンへと向かった 康太は慎一に用意してもらった食事を食べて…… 「………源右衛門を亡くして……悲しみに沈んでいても…… 朝は来るし……腹は減るんだな……」 何時もと変わりのない朝が来る だが………源右衛門はいない 源右衛門と共に迎えていた朝は…… 永遠に来ない それでも………朝は来る お腹は減る…… 悲しみだけ…… 取り残されて…… 日々が過ぎていく 慎一は康太を背後から抱き締めた 「忘れなきゃ良いのです 心の中で何時も……想いを抱いていれば良いのです 愛した思い出は薄れません 共に過ごした日々は……何時か……優しい思い出になります」 亡くした事のある者だけが言える台詞だった 亡くした悲しみを享受した者だけが……紡ぎ出す言葉だった 「………慎一 」 「今は何も考えなくても良いのです やるべき事が沢山あります そんな日々に身を埋めて……逝くしかないのです 悲しみは……そんな何気ない日々に……襲って来るのです…… 日々の中に……姿を見付けられずにいる そんな日常が戻った時……人は悲しみが深くなるのです……」 「…………そうかもな…… 皆のいる場所に……源右衛門はいねぇんだからな… 嬉しそうに……家族を見守っていた……じぃちゃんは…… いねぇんだからな…… 家族は……団らんの中に……源右衛門を探すだろう…」 「それでも……共にいた思い出は優しい時間をくれます……共に生きた証ですから……」 「………悲しんでばかりじゃ……じぃちゃんは浮かばれねぇもんな……」 「そうです……そして俺は貴方を亡くしたくない…… 悲しみに暮れて……沈んで欲しくない…… 俺達は……貴方を亡くして……生きて逝けません…」 「……慎一……」 「さぁ食べて下さい 貴方が元気がないと子ども達は気にします 貴方の子供なんですよ? 大切な子ども達なんです! もし俺が源右衛門と同じ立場だとしても……俺はこの身を呈して……子ども達を護ります それで命を賭したとしても……本望なのです」 「………慎一……」 「母は強いのです! 康太、貴方はこの子たちの母です」 「………解ってる……」 「なら食べて下さい!」 康太は食事を始めた 榊原はニコッと笑って子ども達にご飯を食べさせていた 翔は沢庵をポリポリ食べていた 康太はそれを見て 「………オレの沢庵……」と呟いた 翔は沢庵を康太に見せて 「いじゅちゅや」と言った 「クソッ井筒屋の沢庵……食いやがって…… 翔、かぁちゃのお口に入れてくれ」 康太が言うと翔は「らめ!」と切り捨てた 「ちえっ……融通がきかねぇの…」 とボヤいた 翔は泣きそうな顔をした 榊原は翔を撫でた 「翔、ご飯を食べなさい」 翔はホークに沢庵をブッ刺し……康太に差し出した 「……かぁちゃ……ポンポンいたいなりゅの……」 だからダメだと言ったんだと……翔は泣きながら説明した 榊原は翔を抱き締めて 「翔、かぁちゃはポンポン痛くなるから、沢庵は翔が食べなさい」と宥めた 「翔、井筒屋の沢庵は最高だろ?」 康太は笑って翔に話し掛けた 心は血を流していても……… そんなのは子ども達には関係ない 幾ら悲しくても…… この子たちの為に…… そんな顔は見せてはならない……と心に決めた 「ちゃいこうね、かぁちゃ」 「うし!沢山食え! 良く噛まねぇとポンポン痛くなるぞ」 翔は手を上げて、はーい!と返事をした 音弥は歌を歌っていた 「音弥……お歌は後で食え」 「おとたん、じぃじにおうちゃきかちぇるの!」 「じぃじも喜ぶぞ」 音弥は嬉しそうに笑った 「でも今はご飯食べないとダメだろ?」 音弥は、はーい!と手を上げて返事をした 最近の我が子は手を上げて返事をするのがお気に入りみたいだった 太陽と大空は大人しく食事をしていた 卵焼きが大好きで、慎一に何時も卵焼きを強請っていた が……この日は卵焼きは出て来なかった 「ちな……たみゃご……ないね」 「きゃな……ほちいね」 悲しそうに呟かれ……康太は慎一を見た 「………今日は卵が安い日でした 買いに行くつもりで……ゴタゴタしたので切らしているのです……」 慎一は太陽と大空に「ごめんね」と謝った 「ちんいちきゅん…らいじょうぶ」 「ぎゃまんちゅる!」 太陽と大空は慎一にそう答えた 流生はかなりテンション低くご飯を食べていた 「りゅーどうしたよ?」 「……ろうもちない」 「流生、来い」 流生は子供用の椅子を下りると、康太の方へと行った 康太は流生を抱き上げた 「流生、良い子だな」 康太は流生の頭を撫でた 「……かぁちゃ……りゅーちゃへんにゃの」 「あにが変なんだよ?」 「みえりゅの……」 康太は榊原と目を見合わせた 「…………女神の血が濃いのか? 封印したのに………」 「………どうなんでしょう…… それが流生なら……修業をしないと駄目ですね」 「流生、かぁちゃも見えるんだ 流生と一緒だ!心配するな 翔も見えてるんだ お前達は、かぁちゃの息子だからな、似てるんだよ」 「かぁちゃといっちょ?」 「おう!かぁちゃも見えるんだぜ 翔や流生の眼よりも、かぁちゃの眼は特別だかんな 良く見えるんだぜ!」 康太はそう言い笑った だから悩まなくて良い…… 心配しなくて良い……と笑って見せた 「流生も翔と一緒に修業だな 音弥も見えてるんだろうな……持って産まれた血は濃い 太陽と大空は……解らねぇな…… でも飛鳥井の血が流れてるからな……始祖返りもあるしな……様子を見て……教えねぇとな」 康太が呟くと榊原が 「兄弟、全員、修業に出せば良いのです 一人では乗り越えられない壁も5人なら乗り越えられます!」 「………伊織……ありがとう」 「奥さん、僕たちの愛です」 「大切に育てねぇとな……」 一生が「俺もいる、聡一郎も隼人も慎一も……飛鳥井の家族も榊原の家族もいるのを忘れるな」と伝えた 「解ってるよ一生……」 「体調はどうよ?」 「少し寝たからな悪くはねぇ……それより聡一郎は?」 「聡一郎に仕事させてるの……康太じゃねぇの?」 「…………違う……何も頼んでねぇよ……」 「解った、後で様子を見てみる」 「頼むな…」 康太が食事を終えると慎一はプリンを差し出した 子ども達にも同じ様にプリンを置いた 子ども達の瞳が輝いた 子ども達と一緒にプリンを食べて、寝室に子ども達を寝かせた 大きなダブルベッドに子ども達を寝させて 抱き締めた 榊原は我が子と康太を抱き締めた 康太は榊原の腕の温もりに……ニコッと笑った 幸せな時間だった 祖父 源右衛門が護ってくれた時間だった 噛み締める様に… その時を過ごす…… 夜が明けたら……葬儀告別式になる 夜には……源右衛門を黄泉へと送らねばならなかった…… せめて……暫しの休息…… 味わう様に…… 康太は榊原と我が子を抱き締めた

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