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第56話 前へ
飛鳥井源右衛門の四十九日を終えて
康太は源右衛門の部屋の片付けを始めた
源右衛門の部屋をなくす訳じゃない
形見分けを、生前に源右衛門がしているだろうから、それを見付けて分ける
その作業も終えて、康太は一息ついた
そんな頃、康太は陣内博司に連絡を取った
「陣内…話があるから…飛鳥井の家に来て欲しい…」
『解りました!これから飛鳥井の家に伺います』
源右衛門を亡くして………季節は夏になっていた
康太は慎一に「陣内が来たらリビングに連れて来て欲しい…」と頼んだ
「解りました。お見えになられたら3階に連れて行きます」
「………慎一 運命って……皮肉だな……」
「……それでも……人は乗り越えて逝かねばならないのです……」
慎一は康太を抱き締めた
榊原は会社に行っていた
「………伊織を呼ばなくても大丈夫ですか?」
「大丈夫だ……」
康太はそう言い瞳を瞑った
そして何かを考えているみたいだった
慎一は1階へと向かった
1階の応接間には一生や聡一郎、隼人もいた
一生は「康太……どうよ?」と心配して慎一に問い掛けた
「来客が来るので待ってます」
「来客?誰だよ?」
「陣内博司……です」
「陣内……?何の話だよ……」
一生は首を傾げた
聡一郎は……何を言うのか解ってるのか……瞳を閉じていた
暫くすると陣内が飛鳥井の家を訪ねて来た
「陣内です」
インターフォンを押して名乗った
慎一はカメラを作動させ、解錠した
ドアを開けて陣内を迎え入れる
そして3階まで陣内を連れて行った
「康太、陣内が来ました」
「………慎一、2人だけにしてくれ……」
康太はそう言った
慎一はリビングを出て行った
康太はリビングのドアの鍵を閉めた
そしてソファーに腰を下ろすと
「………陣内、話がある」
「ですから来ました!」
「榮倉……あと少しで出産となるだろ?」
この人は‥‥本当に何もかも騙されてくれないのだな‥‥と覚悟を決めた
「ええ‥‥」
「腹の子は………おめぇの子供じゃねぇ…」
何故!そこまで知っているのか‥‥
陣内は唖然となった
榮倉と陣内は少し前に結婚した
出来婚だと皆には知らせた
誰にも知らせていないのに‥‥
何故この人は知っているのか‥‥
「………っ!……」
単刀直入に切り出されて陣内は息を飲んだ
「榮倉の腹の子の……男を知ってるか?」
「………知りません
榮倉は一人で子を産むと謂った
俺はそんな榮倉が放ってはおけなかった
俺は榮倉の子なら愛せると言いました
榮倉は俺の手を取ってくれました……」
「………陣内、オレの話を聞いてくれ……」
「はい!」
「榮倉の腹の子の父親は………もうこの世にはいねぇんだ……
オレのせいで死んだ……
もうじき榮倉は出産する……
オレはその子を貰い受ける適材適所、配置する!」
「………榮倉は納得しているのですか?」
「榮倉が申し出て来たんだよ
あの人の子なれば……何か使命を持って生まれる筈です……
この子が使命を背負っておるならば……導いて下さい
って言ったんだ……」
「………榮倉が……」
「………白馬で逢った時には妊娠してたろ?」
「……はい。一人で生むと言う榮倉が意地らしくて…
俺は腹の子の父親になりたいと申し出しました」
「陣内……榮倉の腹の子の父親は……
弥勒東矢と言う……」
「………弥勒……東矢……?」
「榮倉はオレの命令で弥勒東矢と言う呪術師と逢っていた
2人は出逢った時に……恋に落ちた
だが東矢は……自分の星を……見てしまった
死に逝く運命を知って……東矢は榮倉と別れた
愛する女性の幸せだけを願って‥‥東矢は別れてやる事を選択した
別れて暫くして妊娠が発覚した
榮倉は……誰にも内緒で産むと決意をした
そんな矢先……東矢がオレの変わりに死んだ…
東矢を死なせたのはオレだ……」
康太は立ち上がるとサイドボードの上の写真立ての中から、笑顔で笑っている男の写真を陣内に見せた
「弥勒東矢だ……
オレの為に生きて……苦しい修行を終えて帰って来た
幸せにしてやりたかった……なのに………
オレが………東矢を殺した」
「………康太……それは違う……
東矢もそんな事は想ってはいません
俺も貴方の為に死ぬなら後悔はしません」
「陣内……オレは罪ばかり作る…許してくれ…」
あの日……葬儀の日の言葉だった
あの日の言葉は………これだったのだと解る
「自分を責めないで下さい…」
「陣内……」
「定めを持った子なら……その子の居場所に行けば良い
榮倉も納得しているなら……それで良い
だが……俺は腹の子の父親です
榮倉は母親です……その事実は変わらない
俺は腹の子を実子として戸籍に入れます
この先も……俺は榮倉を愛して生きて行きます」
「………陣内……」
「腹の子は何処へ貰われる運命なんですか?」
「神野晟雅、おめぇも知ってるだろ?
良く酒を飲みに行ってるだろ?」
「………晟雅の子になるのですか……」
「九曜芸能事務所を支えていくのは、榮倉の腹の子の使命
東矢の子供だけあって……力持ちだ
晟雅を父と慕わせて……後を継がせるが定め
榮倉の腹の子は晟雅の芸能事務所を更に大きくし
芸能界に君臨する……」
「………そうですか……」
「榮倉は腹の子を産んですぐに妊娠する
その後、もう一回妊娠して、お前との子は、それで終わる」
「全部で2人?」
「………全部で4人…」
「………え?双子ですか?」
陣内は驚いた顔で呟いた
「榮倉は双児だからな……血を引く」
「………榮倉は双子だったのですか?」
「…………そっくりな姉が一人いる」
「……俺は……榮倉のご両親にも……姉にも逢っていません……」
「そのうち逢わせてくれるだろ?
なんせ……忙しいからな逢わせるタイミングがなかったんだろ?」
「……そうですか……なら安心です」
「………家族……何やってるか知ってる?」
「知りません…」
「父親はカナダ大使館に勤めてるからな……日本にいねぇのもある
母親も父親と共にカナダだ
姉は竜ヶ崎参議院議員の秘書だ
榮倉も安曇勝也の秘書をしていた」
「………むちゃくちゃサラブレッドな血筋ですか?」
「気にするな榮倉が選んだのは、おめぇだ!
榮倉は一人で産んで育てるつもりだったみてぇだ
そんな時、陣内がプロポーズしてくれて……化粧が取れるのも気にならない位嬉しくて泣いたんだってな
陣内の子供を産みたい……そう言ってた
だが東矢を愛した記憶もなくしたくない……
だから子供を産むのです
使命を持った子なら……どうぞ、東矢の意志を継いで……適材適所、配置して下さい
榮倉はそう言った
オレは榮倉の意志を受けて、腹の子は神野晟雅に託す!」
「……異存は御座いません……」
陣内は深々と頭を下げた
「……陣内……オレを許さなくて良い……
辛い想いばかりさせる‥‥許して貰えるなんて想ってねぇよ」
「康太……俺はお前に救われたから今日がある!
お前が切り開いてくれた道が在ったからこそ、榮倉と出逢えた
俺は‥‥‥人を愛せるなんて想ってもいなかった
そんなお前を恨んだりなんかしない!
そんな日は永久に来ない‥‥
俺は‥‥お前を苦しめた
俺に謂うのは辛い選択だったと思う
辛い想いをさせたのは俺だ
悪かった康太‥‥
榮倉の子は、定めを持った子なれば……仕方ない
俺は納得している
神野は知らない人間ではないからな……
大切に……大切に育ててくれるなら……それで良い」
「……陣内……オレの子供がいるの……知ってる?」
「あぁ、知ってる」
「翔は瑛兄の子供だ……
流生は一生の子供だ
音弥は隼人の子供で
太陽と大空は……伊織の母親から託された宝物だ……
オレは……生みの親には勝てねぇと想う
幾ら心を尽くして育てても……母親には勝てねぇよ」
「いいえ!あの子たちの母親はお前だけだ!
葬儀の時にずっと縋り付いていた姿は……
本当の親子以上だった……
だから俺も……榮倉の腹の子を……お前の様に愛そうと想っていたんだ」
「………陣内……」
「康太……二度と俺に謝らないでくれ
お前は適材適所配置するが役目
俺も榮倉も貴方に感謝こそすれ、恨んだりする筈などない!
だから今後一切謝罪は不要だ!
俺はお前の駒として生きていく
榮倉はお前の秘書として生きていく
それで良い!」
「………陣内……ありがとう……」
「榮倉の腹の子の名前はお前が付けてくれ」
「解ってる…」
陣内は立ち上がると深々と頭を下げた
「榮倉の総てを話してくださって本当にありがとうございました!
総て解って今はスッキリしています
そして一層榮倉への愛が深まりました
弥勒東矢……本当なら別れたくなかった筈だ……
だがお前の為に……命を賭したのなら……本望だと笑ってるさ
叶わねぇな……潔すぎる男には勝負する前から負けてる!
俺は……弥勒東矢を心に刻みます
そして彼の分も榮倉を愛して行きます」
陣内は宣言した
康太は何も言わずに頷いた
陣内はリビングを出て行った
陣内の心の内は複雑だろう……
知らなくても良い事まで教えた……
恨まれて仕方がない……
そう思っていた
なのに………
康太は顔を覆った
罪ばかり作っている
定めだと言いつつも……罪ばかり作っている
適材適所配置するが役目と言えど……
親子を引き離す……役目は辛い…
康太は背後から抱き締められ……顔を上げた
後ろを振り返ると……榊原が立っていた
榊原は康太の横に座ると、康太を抱き上げて跨がせた
「泣いていたの?」
榊原は康太の涙を拭った
「………陣内に総て話した……」
「そうですか……」
「伊織はあんでいるんだよ?」
「………心配性の執事が君にはいるじゃないですか」
「………慎一に呼ばれたの?」
「彼は呼んだりはしません
現実を伝えて、主の精神状態を把握して……
僕に伝えるのですよ」
康太は榊原の胸に顔を埋めた
「……伊織……」
「康太、3連休に入りますね
3連休に入ったらデートに行きませんか?」
「……またスカートで?」
「女装しなくても大丈夫です
夜ですし花火を見に行きましょう
皆、上を見ているので手を繋いでも解りません」
「……ん……2人でいく…」
「次の花火大会は子供も連れて行きましょうね」
「ん……伊織……」
康太は榊原の首に腕を回した
「………伊織……愛してる……」
「僕も愛してますよ奥さん」
康太は榊原の胸に顔を埋め
「………時々オレは逃げたしたくなる……」
と本音を吐露する
「それでも君は前を向いて進むんです
決して逃げ道を用意せず、君は進む
僕は君の側にいます……絶対に離れません」
「………伊織……」
康太は榊原の肩に顔を埋めて泣いた……
泣いて……
泣いて……
泣き疲れて眠るまで……泣いた
榊原は康太を抱き上げてベッドに寝かせた
慎一が寝室をノックした
「開いてます」
榊原がそう言うと慎一はドアを開けた
「………康太……泣いてましたか?」
「………ええ……泣いてました
泣き疲れて眠ってしまいました…」
「………主に……付いていて下さい……」
「解ってます……」
慎一は深々と頭を下げると寝室を後にした
榊原は康太の頭を撫でていた
ずっと……ずっと……撫でていた
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