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第73話 安静
ホテルを出る前に慎一は聡一郎へ電話を掛けた
「流生の封印はしたのですか?」
『まだです
黒龍が康太が還ったらすると言ってます』
「なれば、黒龍と一生と流生を康太の部屋のリビングに通しておいて下さい」
『解りました
銘は?どうしますか?』
「銘は応接間で待ってて貰って下さい」
『解りました
では、その通りに致します』
聡一郎はそう言い電話を切った
慎一は榊原に
「儀式を見届けたら康太は寝かせて下さい」
と頼んだ
「解ってます
無理などさせません
家に還ったら入院の準備をします」
「俺も手伝います」
「お願いしますね」
榊原は康太を促してホテルを後にした
慎一に精算を頼んで駐車場へと行き、康太を助手席に乗せた
榊原も運転席に乗り込み慎一を待った
康太は携帯を取り出すと電話を掛けた
「頼みがあんだけど?」
かかって来るなり神妙な声に……相手は『どうしたんだよ?』と問い掛ける程だった
「聞いてくれるか?」
『お前の頼みを断った事があるのかよ?
遥か昔から……お前の無茶ぶりな頼みは聞いてやってたんじゃねぇのかよ?
朱雀の羽根が欲しいって言った時だって痛ぇのに抜いてお前にやったじゃねぇかよ!』
怒鳴り声が聞こえて康太は笑った
真っ赤な朱雀の羽根が欲しくて
『朱雀の羽根が欲しい』って無茶ぶり言ったのに……
朱雀は羽を広げて黒龍に抜かせて、炎帝にくれた
「そうだったな……」
『お前……体調悪いのかよ?』
「あんでそう思う?」
『声に覇気がない……』
「流石だな……おめぇは誤魔化せないか…
明日から入院する……
だからオレが動けねぇ分……
おめぇに動いて貰いてぇ……」
『お前……何処にいるんだよ』
「もうじき還る……
飛鳥井の病院の近くのホテルから帰る所だ」
『飛鳥井の病院……って家に帰る方が近いのにか?』
「………あぁ……皇帝炎帝になってたからな……真っ赤な目と髪じゃ帰れねぇだろ?」
『………んとに、おめぇは無茶ぶりが好きな奴だな
帰って来るんだろ?
なら飛鳥井の家に行く!』
「なら朱雀、流生の封印を見届けてくれ……」
『お安いご用だ!
なら飛鳥井の家でな!』
康太は電話を切った
慎一が車の後部座席に乗り込み榊原はエンジンをかけて問い掛けた
「………朱雀……ですか?」
「あぁ、少し頼み事をしようと思ってな」
「………君……朱雀の羽根を欲しがったんですか?」
「あぁ、燃えた様に見えたかんな
炎帝の家のタペストリーあんだろ?
あの赤い羽根は朱雀の羽根だ
痛ぇ思いして抜いたかんな……兄者に羽根を行かしたタペストリーを頼んだんだ
抜いたら燃えてねぇかんな……少し残念だったな」
康太は子供の様な顔して笑った
「………少し妬けます……」
「あんでだよ?」
「………朱雀の羽根を欲しがったから……」
「………熱ぃのかな?
そう思ってたんだよ
オレは……他の奴と接触せずに育ったろ?
だから黒龍が連れて来る奴等しかいなかった……
他は……化け物と寄り付きもしなかったからな……」
「………遥か昔から君の傍にいれば良かったです……
あの頃の自分に腹が立ちます」
「………過去は仕方ねぇよ青龍
でも……おめぇの未来はオレのもんだ!」
「当たり前です!」
榊原は康太を引き寄せて膝の上で寝かせた
「辛くないですか?」
「大丈夫だ……」
康太は榊原の手に擦り寄った
「……三木の件、僕も動きましょうか?」
「その時は頼む
兵藤美緒は三木の従兄弟だ
三木の一族を一番知ってて恐れられてるのは美緒だ」
あぁ……それでか
と、榊原は納得した
「東青には連絡入れといてくれた?」
康太は榊原に天宮東青に連絡入れといてくれ、と頼まれた
「はい、東青さんは直ぐに動いてくれるそうです」
「……なら、外堀を埋めれるか……
伊織、三木の家の掃除をしたのはオレだ
その時に三木の家に食らい付いてるハイエナは駆除した……
懲りねぇ奴が三木の家の権利が欲しがってる
利害が一致した奴等が三木の家のトップに立って、三木繁雄を都合良く使いたいんだ」
「………愚かな奴は……やはり愚かな事しかしませんね……」
「……だな……」
榊原は飛鳥井の家の駐車場のシャッターをリモコンで開けると、地下へと下りて行った
榊原の駐車スペースに車を停めると一生が窓をノックした
「貴史が来てる」
一生は兵藤の訪問を告げた
「一生、貴史をオレの部屋に連れて行け」
「………え?」
「見届けさせる 」
「解った……」
「一生、娘を抱き締めてやったか?」
一生は康太を抱き締めた
「………あぁ……銘は俺の娘だ……
何よりも大切にしたい……」
「良かった」
「………ありがとう康太……」
康太は笑うと一生を撫でた
「じゃサクサクやるぜ!」
一生から体躯を離すと榊原が康太を抱き上げた
そして一生の背中に背負わせた
「一生、康太を背負って3階までお願いします」
榊原は笑っていた
「………俺、足腰鍛えられそうだな」
「そしたら夜頑張れますね」
「………ばっ……」
一生は真っ赤になりながら、康太を背負って駐車場を出て行った
「一生……」
康太は一生を呼んだ
「あんだよ?」
「………何時か……流生に名乗れ……」
「康太……」
「そして独り立ちするまで……オレに変わって見届けてくれ……」
「康太!んな事……言うな!」
「………大きくなれば自分で気付く筈だ
自分の容姿は……オレや伊織と言うより……
緑川一生……おめぇに近いって……
そしたら教えてやれ……総てを話してやれ」
「康太、俺は絶対に言わねぇと決めたんだ
流生の両親は俺じゃねぇ!」
「………一生……」
「お前達に愛されて育って欲しい
流生を悩ませる事は言いたくない……
それが俺の決意だ!」
「………んな決意すんじゃねぇよ………」
「おめぇは、そんな事より体を治せ
んとによぉ!
俺はお前と共に逝く!
それは何があっても変わらねぇ!」
「……この頑固者!」
「おめぇ程じゃねぇ!」
「………一生……」
康太は一生の首に腕を回し……うなじに顔を埋めた
「………大好きだから……」
康太は呟いた
一生は何も言わなかった
一生は康太を背負って3階のリビングまで向かった
黒龍が流生と一緒にソファーに座っていた
康太は一生の背中から下りると「流生」と名を呼んだ
流生は笑顔で康太の足元に走って行った
流生を一生が抱き上げた
「………かぁちゃ……」
流生が悲しそうに母を呼ぶと、一生は
「かぁちゃは少し具合が悪いんだよ」
と告げた
康太の事だから無理してでも流生を抱き上げてしまうから……
一生は康太よりも早く抱き上げた
流生は泣きそうな顔をして
「………かぁちゃ……らいじょうび?」
と問い掛けた
康太は一生に抱っこされた流生の頬にキスを落とした
「大丈夫だ流生!」
「かぁちゃ らいちゅき!」
「オレも大好きだぞ!流生」
康太は黒龍を見た
黒龍の横に兵藤貴史が座っていた
「早ぇな貴史」
「裏だからな!
それよりおめぇ……体調良くねぇのかよ?」
兵藤は顔色の悪い康太に問い掛けた
「………明日から入院だ……」
「突っ走り過ぎなんだよ!おめぇはよぉ!」
兵藤は怒った
「話は流生の封印の後で良いか?
聡一郎も呼んで話をする」
「解った」
兵藤はソファーに座った
黒龍は流生を抱き上げた
「この子が次代の赤龍か?」
黒龍が問い掛けた
「そうだ!」康太は答えた
黒龍は龍の瞳で流生を視た
「………歴代の赤龍を越すな……」
「だろ?虹龍にも匹敵する力だろ?」
「お前が魔界に来るたびに強い龍の匂いがした
青龍や赤龍とも違う……匂いだ
この子だったのか……
如意宝珠は持ってねぇんだよな?」
如意宝珠を持たぬのに強い力に黒龍は確認した
「…あぁ、持ってねぇ
見るか?流生の如意宝珠を……」
「……あぁ見せてくれ」
「伊織……流生の如意宝珠……
見せてやってくれ……」
榊原は立ち上がると寝室に消えた
そして小さな巾着袋を持って来ると黒龍に渡した
黒龍は小さな巾着袋を受け取った
巾着袋の口を緩めると……如意宝珠が見えた
「………何………?」
黒龍は……言葉を失った
流生の如意宝珠は真っ赤と真っ青の半分半分になっていた
こんな如意宝珠など存在しない…
見た事すらなかった
「…………これは?炎帝……」
「流生の如意宝珠だ」
「………龍はこんな如意宝珠など持たぬ……」
如意宝珠は龍の力が詰まった玉だ
個々に違いはあるけど、子供の頃は水晶玉の様な透明なモノが多い
子供の頃から…この色を出しているというのか?
「赤は赤龍の力
青は女神の力だ……」
「………この力……赤龍になって総て解放したら………」
「オレよりも強いんじゃねぇか?」
「………それはないだろ?」
黒龍は康太に「驚異じゃねぇ様に育てろよ」と頼んだ
「………解ってる……
人の世で……生きてる限り流生の盾になる
魔界に帰れば……お前達、龍族の問題となる……」
「………解ってる炎帝……」
「愛しい我が子だ……苦しめてぇ訳じゃねぇ……」
「………親父殿を呼ぶしかないか……」
流生の力の強さに……黒龍は呟いた
「黒龍、天龍八部衆の復活も夢じゃねぇ
四龍、虹龍、火龍、翼龍、蜃龍……
新たな八部衆を作るのに持って来いだ」
「………この力は……その為に?」
「………虹龍がこの世に出た時点で……
龍族の果ては変わった
龍族最高の時代が来る……と言う事だ
四天王がいない今、龍族八部衆の復活
そして次代の四神、四龍が必要だった
神でも寿命はある……
次代の役割を配置せねばならぬ時となった」
「………その礎は……揺るぎないんだろうな
こうして手にすると……未来は確かに……次代に繋がってると想えるな……」
「流生に封印を!」
「………崑崙山に金龍と八仙がいる……
俺の力と同調して封印してる予定だ」
黒龍が呟くと、康太は天を仰いだ
「弥勒……ひょっとしておめぇ……
まだ八仙と茶でも啜ってるのかよ?」
『………解った?流石だ康太』
「金龍に覇道を飛ばせる力はねぇ……
力を飛ばすなら……欠かせないのは転輪聖王の力しかねぇもんな」
『我はサクサク封印して明日にはお前の処へ見舞いに行く気だ!』
「なら、サクサク頼む」
『任せておけ!』
弥勒は会話を終わらせると覇道を飛ばす準備をした
八仙と金龍の呪文を、弥勒を介して黒龍に送る
かなり高度な術の伝達だ
魔界では転輪聖王レベルの術者ではなくば無理だった
康太は流生の手を繋いだ
弥勒は康太の覇道を辿り、流生の覇道を探り当てた
『黒龍、準備はよいか?』
弥勒の声がした
黒龍は流生を立ち上がらせた
「何時でも構いません!」
流生の額に印を切った
そこに弥勒を介して金龍と八仙の力が注ぎ込まれた
黒龍はその力を受けて……
封印の呪文を放った
流生の額が光り……印が燃える様に浮き上がった
光りが消えると流生は倒れた
『無事、龍の力は封印した
この封印は人の世では解けぬ
人の世で龍の力など不要
赤龍として魔界に来られる時、すべての力は解放される
その時、如意宝珠を手にされるとよい!』
康太は見えぬ向こうに深々と頭を下げた
「弥勒……ありがとう……
金龍、八仙、ありがとう
世話を掛けた」
康太が言うと八仙の声が響き渡った
『皇帝炎帝……人の世で、その姿になるのは体躯に負荷がかかりすぎだわい
お主にも親父殿と同じ薬湯を、弥勒に渡しておこうぞ!』
「………八仙……飲みやすくしてくれ……」
『たわけ!
薬湯は本来の味でなくば意味がない!
しかと飲むのだぞ!
伴侶殿、頼み申しますぞ!』
「解っております!
必ず!飲ませます」
康太は「……汚ねぇな……伴侶に言えば何でも通ると思いやがって……」とボヤいた
八仙は笑った
『ほーほほほほっ!お主は伴侶にベタ惚れだからのぅ!
伴侶の言う事なら何でも聞くであろうて!』
「………聞くけどさ……」
『この後、弥勒に持たせる
しかと飲めよ炎帝』
八仙はそう言い消えた
弥勒の笑い声が暫く響き……消えた
康太はソファーに座った
「慎一、一生と流生を応接間に連れてって聡一郎を呼んでくれ」
「解りました」
慎一は流生を抱き上げて一生と共にリビングを出て行った
康太は兵藤に「美緒、呼んでくれねぇか?」
と頼んだ
「………美緒?俺じゃなく美緒の力が要ったのか?」
「両方とも必要なんだよ
美緒が来たら話をする」
「………解った」
兵藤は母親の携帯に直接電話を入れた
美緒は着信を見て楽しそうに電話に出た
『貴史か?珍しいな
何じゃ用は?』
「康太が呼んでる」
『………そうか……なら行くとしょうかのぉ!』
美緒はそう言い電話を切った
暫くすると美緒は康太の部屋のリビングにやって来た
「康太、話はなんじゃ?」
「三木の家のお家騒動は知ってるかよ?」
「あぁ……知っておる」
「なら話が早ぇ!
三木の家の処理は誰がしたか知ってるかよ?美緒」
「敦夫は総て飛鳥井康太に託すと言っておった
総てはお主が敦夫の意に沿って処理をしたのであろうで!」
流石、三木敦夫の秘書をしていただけは在った
「なら、解んだろ?
遺産相続に名乗りを上げてるのは……総ては捏造だと……」
「で、お主は我に何をさせたいのじゃ?」
「三木の総本家のじじぃが騒動を起こしている張本人だ!
三木の総本家のじじぃの身辺調査をしてくれ!
どうせ残り少なくなった生に我が子を‥‥据えようとしてるんだと想う」
「承知した!
繁雄は貴史の後ろ盾になる男
こんな所で潰させはせぬ!
飛鳥井康太の視た果てが狂うのは阻止する!」
「頼むな美緒!」
「解っておる
それより康太……顔色が悪くはないか?」
「………オレは明日から入院するからな……
オレの代わりに動ける奴に頼むしかねぇんだよ」
「解った!
我は、我の出来る事をしようぞ!」
「……入院は母ちゃんには内緒にしてくれ!」
「………え……玲香に教えぬのか?」
「下手な心配はさせたくねぇんだよ!
じぃちゃんが物故して、やっと立ち直ろうとしてる今、下手な心配はさせたくねぇんだよ!」
康太の母への愛だった
美緒は総て飲み込み
「解った……約束は守ろうぞ」と約束した
「ありがとう
貴史は聡一郎と一緒に血縁と名乗り上げる者を調べてくれ!
偽物の後ろ盾は誰かも調べろ!」
「了解!」
「美緒はDNA鑑定の真意を確かめる為に、子供だと名乗る奴の髪の毛でも唾液でも手に入れろ」
「承知した!」
「一生を使っても良い」
「承知した!総ては主の想い通りに…進める所存じゃ!」
美緒は胸を張りそう言った
気高い笑みが自信を溢れさせていた
美緒と兵藤は共にリビングを後にした
榊原は康太を抱き上げると寝室に連れて行った
パジャマに着替えさせ、ベッドに寝かせた
「入院の支度をします
君は寝てなさい」
榊原は康太の唇にキスを落とした
「………ごめんな伊織……」
「気にしなくて大丈夫です
君が生きてくれたら……それで……」
榊原は康太を抱き締めた
寡黙な男は何時も静かに愛をくれる
「………伊織……傍にいてくれ…」
「ええ。ずっと傍にいます」
榊原は康太の頭を撫でた
眠りに落ちるまで、ずっと傍にいた
康太が眠りに落ちると、榊原はベッドから下りた
そして応接間に顔を出した
「一生、リビングで過ごしなさい
そこから還って貰うと良い」
「康太は眠ったのかよ?」
「ええ。眠りました」
榊原が言うと一生は立ち上がった
「兄者、銘、リビングに来てくれ」
一生がそう言うと黒龍と銘は立ち上がった
榊原は一生に「聡一郎は?」と問い掛けた
「美緒と貴史と共に出てったぜ
康太の用事じゃねぇのかよ?」
「出掛けましたか?
三木の用件で動いてます」
「だから美緒か……」
「………美緒さんは三木の家に実権でも握ってるのですか?」
「美緒は本家の人間が頭の上がらぬ存在なんだよ
三木敦夫の秘書をしていたのもある
美緒の母親が三木の家の縁者だ
康太が三木の家の大掃除をして解体した時、美緒が動いたと言う
三木の家を黙らせるなら一番適任だからな」
「そうなんですか
康太が動けない分動いて貰わねばなりませんからね……」
「………康太……大丈夫かよ?」
「明日、入院します
家族には知らせないで下さいね」
「………家にいなきゃ……探すだろ?」
「……下手な心配はさせたくないのです」
「………短期の入院なら…誤魔化して見せる」
「頼みますね」
一生はリビングへと向かった
リビングで夜まで過ごし、銘と黒龍は魔界へ還って行った
朝、起きると康太の顔色は悪かった
瑛太や玲香、清隆が会社に出勤するまで部屋で過ごした
家族がいなくなると一生が寝室に顔を出した
「皆、会社に出勤した」
「康太の事、何か言ってました?」
「飛鳥井の家族は俺らの顔を見れば『康太は?』と聞きやがる…」
「仕方在りません……」
「康太は三木の家の騒動で動いてる……って言っといた
美緒さんから連絡が入ってるみてぇで玲香さんは納得してた」
「美緒さんならアリバイには持って来いですね!」
「康太は?」
「大分弱ってます
直ぐに病院へ行きます」
「了解!今頃慎一が久遠に電話入れてると想う」
「では行きますか?」
「入院の荷物は?」
「慎一が朝早くトランクに入れておいてくれてる筈です」
「そっか、なら行くか!」
榊原は一生に鍵を渡し、康太を抱き上げた
一生は鍵を受け取ると、寝室に鍵を掛けた
そして榊原のポケットに入れるとリビングのドアを開けた
康太を抱き上げた榊原をフォローしながら
階下に下りて行った
駐車場へのドアを開けると慎一が待ち構えていた
康太を助手席に座らせると、慎一と一生は後部座席に乗り込んだ
榊原は運転席に乗り込むと病院へと車を走らせた
病院の駐車場に着くと、ベンツのキーは慎一に渡して、榊原は助手席から康太を抱き上げた
慎一はトランクから入院の荷物を下ろすと、一生と手分けして病院の中へ運び込んだ
榊原は久遠を待っていた
康太の来院は直ぐさま関係者によって伝えられた
スタッフが飛んで来て、個室の用意をした
そして病室へと案内した
病室へ行くと、康太はパジャマに着替えてベッドに入った
暫くして久遠が病室へとやって来て、康太に点滴を打った
「入院予定は1週間
その間に機能が低下した消化器系の治療に当たります」
榊原は「お願いします」と深々と頭を下げた
「取り敢えず、内視鏡をやります
何も食べてませんよね?
「はい!何も食べてません」
「ならチームのスタッフが来て処置室に連れて行く」
「はい。僕も……行って良いですか?」
「………何時もの事だろ?構わねぇよ」
榊原は康太の手を握りしめた
康太の横で榊原は離すまいと手を握り締めていた
寝台が動かされ、処置室に連れて行かれた
慎一と一生は病室で待っていた
康太の携帯がプルプル震え着信を告げていた
「康太は今不在です!」
一生が言うと「康太は?どうしました?」と食い付く声がした
瑛太からだった
「瑛兄さん少し待ってくれ!
後で掛け直す!」と言い一生は電話を切った
一生は慎一を見た
「………溺愛兄は誤魔化されてはくれませんか?」
「………下手に誤魔化せねぇよな?」
一生が呟くと慎一は自分の携帯を取り出し電話を掛けた
「瑛兄さんですか?」
『慎一!康太はどうしました?』
「………康太は1週間ほど入院します」
『………え……知りませんでした』
「………出来たら家族や周りには知らせないで下さい
三木の家の事で飛び回ってる……って事にしておいて下さい」
『………何故?』
「今、飛鳥井康太が入院してると解れば仕掛けて来るでしょう!
弱っている今に……と言う事になるのは避けたいのです
それと玲香さんに心配させたくないってのもあります
解りますよね?
やっと義母さんは立ち直ろうとしている」
慎一の言ってる事は、康太の言葉なのだろう……
『………お見舞いに行くなと……言うのですか?』
「ええ……公に来ないで下さい」
『………病気になれば?』
「辞めて下さい瑛兄さん
飛鳥井建設社長が病気だなんて……冗談じゃありません!」
『………兄は……康太に逢いたいのです……』
「………久遠先生に言っておくので、病院の関係者の出入り口から入って下さい
病院に来られる時に連絡して下されば関係者の入り口の所で待ってます」
『なら今日、昼から休みます』
「………え?休むのですか?」
『康太を見なければ安心出来ません!』
「…………でしたら来られる時に電話して下さい
車は家に置いて来て下さい!」
『解ってます
家族にも三木のお家騒動で飛び回ってると言っておきます
ではまた後で!』
瑛太との電話を切って、慎一はため息を着いた
一生は慎一の肩を叩いた
「………瑛兄さんは……康太が絡むと厄介な人になる……」
「………あれだけ溺愛してて……康太を伊織に渡したなと…不思議に想う時がある」
「………総ては康太の想いのままに………
康太が幸せなら……瑛兄さんは自分さえも殺すんだろうな……」
一生と慎一は瑛太の深い愛をも想った
慎一は一生に笑って
「瑛兄さんの事だから、飛んで来るのは確かだな……
関係者通路に出て待ってる事にする」と言い病室を出て行った
瑛太が慎一に連れられて病室にやって来ても、康太は病室に戻っていなかった
瑛太は一生に「康太は?」と問い掛けた
「検査に出掛けたまま、まだ還ってねぇ」
「伊織は?」
「何時もの様に康太に着いて行ってる」
そう聞くと瑛太はホッと息を吐いた
「伊織がいてくれるなら安心です……」
瑛太は息を吐いた
暫くして久遠が病室に顔を出した
瑛太を見て久遠はペコッと会釈した
「康太は3日程、低体温治療するので、専門の病室に移って貰いました」
久遠が言うと瑛太が
「低体温治療?」
と問い掛けた
「体温を下げた状態で内臓及び肝機能の働きを抑え、温存治療をする
低体温治療は3日
その後、少しずつ体温を元に戻して、更に治療をして行くつもりだ」
「康太の今の状態は……」
「内臓の機能が低下してる状態で、それが続けば自力で食事は愚か、呼吸も難しく、心臓の低下も避けられない
それは避けたいので、今は働きを抑えて負荷を掛けず治療している状態だ」
「………逢えませんか……」
「逢えぬ事はないが眠ってるぞ?」
「構いません」
「では来ると良い……」
久遠はそう言い瑛太を低体温治療室に連れて行った
病室をノックして部屋に入ると榊原が康太に着いていた
榊原は病室に入ってきた瑛太の姿に驚いていた
「………義兄さん……」
「どうして教えてくれなかったのですか?」
「康太が隠すと決めたのです
病気だなんて解ると狙った様に無理難題言ってくる奴もいるので……
そう言う輩を牽制して……身内にも言うのを避けたのです」
「………何故そんな……」
「義兄さんは三木の家の騒動を知ってますか?」
「………詳しくは……」
「三木敦夫の意志を継いで処理したのは子供の康太だ…そうです
康太の仕事は完璧だった
ならば、それは捏造でしたかない
捏造してまで三木の家を利用したい輩の狙いは………飛鳥井康太
三木繁雄は飛鳥井康太の駒です
なので、不用意な事は避けたかったのです……」
「………そうだったんですか……
伊織……康太は調子が悪かったのですか?」
「調子が悪かったのか……と尋ねられれば……悪くはなかったとしか言えません
それ程に凄く調子が良かった訳でもないですが、悪くもなかったのです」
「………なら……何故こんなに……」
弱ったのですか……と言う言葉は飲み込んだ
「許容以上の力を使ったのです
限界を超えるのを解っていて……
康太は力を解放した
そんな事をすれば……人の体は限界を超えると解っていて……力を解放したのです……」
榊原は悔しそうに……そう言った
瑛太は康太を止める事も出来ず……
傍で見ているしか出来なかった榊原の想いが……
痛いほどに伝わって来た
「………伊織……」
瑛太は榊原を抱き締めた
「………義兄さん……玲香さんには絶対に気付かせないで下さい!
今康太が倒れたと解れば、やっと立ち直ったばかりの玲香さんは‥‥どうなるか解りません
だから美緒さんを通して不戦を張ったのです」
「解ってます!
母さんには‥‥気付かせません
私も母さんが今どんな状況かは解っています
ありがとう伊織
母さんの心配をしてくれてありがとう」
「義兄さん‥‥」
瑛太はギュッと榊原を強く抱き締めた
「兄は普段と同じ様に会社に行き
仕事をします……
昼休みに康太の顔をこっそり見に来ます」
「………義兄さん……康太が目を醒ましたら連絡を入れます」
瑛太は何も言わず榊原を抱き締めた
瑛太は康太の顔を黙って見ていた
榊原はソファーに座り仕事を片付けていた
眠る康太の顔をずっと見て……
夜になると瑛太は家に帰って行った
瑛太が帰った後
榊原は康太の手を握り締め……
康太の瞼に……キスを落とした
見てる方が刹那くなる口吻だった
慎一が榊原に適度に食事をさせ、眠らせる
そうしなきゃ榊原は康太の傍を離れないから……
3日後
康太は目を醒ました
康太の瞳に……
榊原が映っていた
「………康太……」
榊原が名を呼ぶと、瞳が榊原を捉えた
「心配掛けたな……」
「…………心配しました
君をなくせば生きていたくなどない……」
「愛したお前を置いて逝くかよ!」
康太はそう言い笑った
榊原は康太の手に……
顔を埋めた
肩が震えていた
「………伊織……」
「クリスマスや年末年始は家族で過ごすと約束……覚えてますか?」
康太は新年早々入院した
その時に……約束した
今年の年末年始は一緒に過ごす……と。
「伊織、年末に向けて体躯を治すことに専念する」
「そうして下さい」
激動の1年だった
東矢を亡くし……
源右衛門も亡くし……
会社の為に国内や海外を飛び回り
新社屋や新居の完成に奔放して
飛鳥井の為、家の為に闘った
魔界の礎になる為に闘った
幾度となく、その命を危うくして……
尚も闘い、走って来た
願わくば……
何もなく穏やかな年を迎えさせて下さい
そう願わずにいられなかった
「伊織……ずっと夢を見てた……」
「どんな夢ですか?」
「片想い……してた頃の夢……」
「今は僕がいます……」
「……ん……」
康太は榊原の手を強く握り締めた
「弥勒が来る……人払いしてくれねぇか?」
「………僕は?」
「伊織は傍にいて……」
榊原は康太の手の甲に口吻を落とすと、立ち上がった
慎一と一生を病室から出てくれる様に頼んだ
慎一と一生が姿を消すと弥勒が姿を現した
「康太、大丈夫か?」
「大丈夫だ
それよりガブリエルの用事は何だったかを聞かせろ」
「…………天界に産まれた天使の件で呼ばれた」
「………何時産まれたんだよ?」
「先月の終わりに九枚羽根を持った子が産まれたそうだ……
その子は産まれて……直ぐに名乗った…」
「……何て名乗ったんだよ?」
「『我の名はルシファー』……と……名乗ったらしい……」
「………それは有り得ねぇな……
ルシファーは蘇る事すら拒否った…」
「………ガブリエルは…お前のスワンを見たからな……
ソイツが偽物だと解ってる
……だが……スワンを知らぬ者には……
ルシファーと言う名は……絶対的な存在に成り得るには効果絶大なんだろうな……」
「……偽物は本物にはなれねぇのにな…」
「…で、どうする?」
「逝くしか……ねぇな…」
「………本気か?」
「本気だ……カタをつけろと言われてる」
「………誰に?」
「オレの存在を見て見ぬフリしてる奴に!」
それは………創造神か………とは聞けなかった
「天界か……ガブリエルに直接呼びに来させるかな…」
康太は呟いた
「お前の体調が悪い事位百も承知だろうて!
懐に入れて持って逝ってくれるさ」
「オレはこの命を賭したとしても……
問題を片付ける!
それがオレの使命だ」
「………天界に逝くなら我も逝こう…」
「………転輪聖王……」
改まって呼ばれれば……体躯に緊張が走る
「何だ…」
「スワンを崑崙山へ連れて行って……本来の姿を現させてくれ……」
「………本来の姿に……?」
「………そう……時が来た……
素戔嗚尊が飛ばした欠片はルシファーの核の部分の塊だった
叔父貴の刀を知ってるか?」
「確か草薙剣?」
「そう!天叢雲剣だ
あの剣は生きて意思を持ってる
だから主が命ずるままに動く
叔父貴は最期の力を振り絞りルシファーの欠片を飛ばした
天叢雲剣はそんな叔父貴の意思を汲んでルシファーの核を飛ばした
核は莫大な力を秘めていた
天界、魔界、人間界の脅威になりかねない……
崑崙山の八仙は核を二つに分けた
一つは冥府に置き、一つを炎帝に渡す為に隠し持っていた
何時か……一つにする日を確信していた
そして……成るべくして核は一つになる日を迎えた……
完全体になる日が来たと言う訳だ」
「………完全体……今でも妖炎が垂れ流しなのに?
あれで完全体じゃねぇって言うのか?」
弥勒は……後退った
恐怖だった……
神を凌ぐ力を持つと言うのか?
「堕天使ルシファーはいねぇ……
況してや大天使ルシファーなど存在しちゃぁならねぇ……
そんな事……スワンは望んじゃいねぇ……
炎帝のスワンになった日にルシファーと言う名を捨てた
核を手にしても……アイツはスワンでいると想う
何故なら……暴走すれば……オレが狩るしかねぇかんな……」
「………完全体になったルシファーを消せると言うのか?」
「………スワンはオレに狩られる事を誰よりも知っている」
康太は天を仰いだ
弥勒は言葉をなくした
「弥勒、ルシファーは生まれた時から九枚羽根を持って産まれたんだよ
産まれるべくして生まれた熾天使なんだよ……」
「………天使は……生まれ付き位の羽を持って生まれないのか?」
「階級が上がると羽根が授けられる
生まれ付き九枚羽根を持って生まれし子は……神の啓示と謂われる」
弥勒は成る程……と唸った
「ガブリエルは?
アイツは生まれ付きじゃねぇのかよ?」
「ガブリエルは生まれ付き七枚羽根だったと記憶してる
これもな位が高いと言える大天使だ
だがルシファーは群を抜いていた
神の啓示を受けて地に堕ちて……神の良いなりになって抹消した天使……」
ルシファーが格別なのは……何となく解った
「………核の解放は……創造神の望みか?」
「どうだろ?
オレには計り知れねぇけどな、歯車は回っちまってる
もう止まれねぇんだよ」
それさえも……神の志だと言うのか?
弥勒には計り知れずにいた
康太は天に両手を差し出すと
「スワン、オレの元に来い!」
とニカッと笑った
部屋をまばゆい光りが包み込み……目が眩む
白光を切り裂き姿を現したのは炎帝のスワン、桐生夏生だった
「お呼びですか?」
夏生はそう言い康太に抱き着いた
「夏生……いや、スワン
お前、転輪聖王と共に崑崙山へ行って来い」
「………崑崙山……??」
夏生は何故?と不思議そうな顔をした
康太は夏生を強く抱き締めて……離れた
「時が来たんだよルシファー」
「………僕は炎帝のスワン!
それ以外になる気はない!」
夏生は叫んだ
「………今だけ……聞けルシファー!」
苦しげに眉根を寄せて康太は夏生を見ていた
……嫌だ……
そんな顔で見ないで……
夏生は胸騒ぎを抑えることが出来なかった
「………時は満ちた
お前は在るべきカタチになる必要がある」
「………僕は……炎帝から離れる気はない…」
「離れなくても良い……
おめぇはオレのもんだ!」
康太は強く夏生を抱き締めた
「………僕は……神の所有する存在ではない……」
「当たり前ぇだろ?
炎帝のスワンだろ?
今までも、これからも、それは変わらねぇよ!」
「…………炎帝は僕に……何をしろと?」
「おめぇは気付いてるんだろ?
自分の核の半分が消滅せずに在る事を!」
「……冥府に在るのですね……」
「視えるだろ?
どこに在ってもお前の一部だもんな」
「……真っ赤な髪の炎帝が僕を匿い……話し掛けてくれるのを憶えてます……」
「そっか……その核をお前の中に戻す
お前は……それで完全体になる」
「どうでも良いです
完全体だろうと、今のままであろうと……
僕の望みは炎帝のスワンですから!」
夏生はキッパリと言った
「おめぇは未来永劫、炎帝のモノだ!
誰にも渡しはしねぇよ!
オレが消える時……共に逝くんだろ?」
「……ええ……それしか望んでません……
天使で在った自分は……何も望まなかった
今は違う……僕は僕の意思がある」
「オレの綺麗なスワン……
青龍の家の前で泳いでたスワン……
未来永劫……オレと逝きたいと言ってくれてスワンだ」
「………炎帝……」
「天界の混迷は人の世に不穏な影を堕とす
不穏な影は魔界の力を増大させて闇を拡大させる
闇が広がると冥府の……破壊神……ハディスが目を醒ますかも知れねぇ……」
康太が呟くと弥勒が
「……ハディスは消滅したのでは?」と慌てて食い付いた
「冥王ハディスが消滅する訳ねぇだろ?
闇が広がれば……抑えるのは難しくなる…
古代神の誕生を試みる輩には待ってました!と喜ばれる神になる……
それだけは避けねぇとな……」
「………ハディスの体躯は……今何処に?」
「……さぁな……解れば直ぐ様‥‥‥抹消してやるんだけどな……」
康太は力なく嗤った
聞いても答えて貰える訳がないのに……聞いた
弥勒は少し落ち込み……康太を見た
「………時が来れば……お前も知るだろう……
だが今は知らなくても良い……
お前に話した言葉を聞かれたら……利用する輩もいるのを忘れるな……
そしたら……破滅を辿るしかねぇだろ?」
弥勒は黙った
安易に聞ける言葉などではない……
「………スワンを崑崙山に連れて行く……」
「頼むな弥勒……」
「お前が望むままに……
我は……それしか望んではおらぬ」
弥勒は夏生を抱き締めると儚げに笑った
そして呪文を唱えると……
消えた
康太は少しの間……消えた果てを視ていた
「………傷付けたな……」
弥勒を突き放した様なモノだった
榊原は康太を抱き締めた
「………大丈夫ですよ……」
「………伊織……オレが怖いか?」
榊原は康太に優しく口吻た
「愛してますよ
未来永劫……愛を誓ったのは君だけです」
「………青龍……」
康太は榊原の胸に顔を埋め……息を吸い込んだ
肺一杯に愛する男の匂いに染まる
「………康太、弥勒は八仙からの差し入れ、忘れずに持って来てくれましたね」
ベッドの上に瓢箪の入れ物が置いてあった
八仙からの差し入れなのは間違いなかった
「………それは……忘れても大丈夫なのに…」
榊原は笑った
「………この世の何よりも……誰よりも……
君だけを愛してます……」
「……伊織……オレも愛してるかんな!」
「……早く良くなって下さい……」
康太は榊原の背に腕を回し……うん……と答えた
「君が在るべきカタチに導くのが使命だというなら……
僕は君を命に代えても守り通すだけです
青龍の妻は未来永劫……炎帝、君だけです」
「あたりめぇだろ?
おめぇしか愛せねぇ……お前の存在は誰が決めた訳じゃねぇ
オレが選んで愛し通した存在
全智万能の神だとて……想像が着いてねぇよ!」
康太はそう言い噛み付く様な接吻をした
お前を選んだのは神の意志でも思惑でもない……
自分の意思で 惹かれて愛した
二人は何時までも抱き合っていた
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