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第88話 君の傍へ②
榊原は康太の横に突っ伏して何時の間にか眠りに落ちていた……
「伊織!………おい、伊織……」
榊原を呼ぶ声がして、榊原は飛び起きた
康太の声だったから……
榊原は康太を見た
康太は相変わらず……
眠ったままだった
「………夢ですか……」
榊原が残念そうに呟くと……
「夢じゃねぇ!おい!伊織、愛する妻が解らねぇのかよ!」
と、怒気を含んだ声が返って来た
榊原は辺りをキョロキョロ見回した
「下!」
声がして下を向くと……
榊原の目の前に……3センチあるかないかの……
康太が立っていた
榊原が手を差し出すと、康太は榊原の手によじ登った
「………どうしたのてすか?康太……」
「ダメージが大きすぎて……体躯に入れないんだよ」
「………弥勒は知ってるのですか?」
「弥勒が魂だけだったオレに姿を与えてくれたんだ……
でも……今のオレには……これで精一杯なんだ」
「………康太……姿を現してくれただけでも嬉しいです……」
榊原は涙を流し……安堵していた
「胸ポケットに入りますか?」
「それ良いな、何時もお前と一緒にいられる………
でも……こんなに小さいと………
お前に愛して貰えねぇ……」
康太は悲しそうに……そう言った
「康太……僕は君がいてくれれば……
それだけで……良いのです……」
「セックス出来なくても?」
「………それは……キツいですが………
僕も……銃創で無理が利かないので……
少しなら我慢出来ます」
「痛ぇか?」
「………康太……撃たれる瞬間……
呪文を唱えましたね………」
「………オレの命と引き替えに……発動する筈だった……」
「発動……しなかったのですか?」
「発動はした……
………発動したから……ダメージが大きすぎて体躯に戻れねぇんだよ……」
「………僕は君の魂さえ消滅しなければ……堪えられます……」
「………お化けでも?」
「ええ。僕の所に出て来てくれて本当にありがとう……」
「………愛されてんなオレ……」
「僕は君しか愛せません……」
「…………オレはお前の傍にいる……
小せぇ……オレだけど……伊織の傍にいたい…」
「………どんな君でも……傍にいて欲しいです…」
「伊織……キスして良いか?」
「良いですよ」
「ならオレをお前の唇の前に上げてくれ!」
榊原は掌に乗せた康太を、唇の前まで持ち上げた
すると小さな手が榊原の唇に当てられると……
チュッとキスした
可愛いキスだった
榊原は目尻を下げて喜んだ
「君の服……どうしましょうか?」
康太は生まれたままの姿だった
「それより風呂に入りてぇ……」
「……鬼太郎の父さんみたいにお椀で入りますか?」
「…………オレは目玉親父じゃねぇぞ……」
「君の服……リカちゃんの着替えてどうでしょうか?」
「………それには男物のパンツあるのかよ?」
「リカちゃんの彼氏の人形……在ったと想います……」
「なら……お椀で良いや……洗ってくれよ」
「傷は……大丈夫なのですか?」
「オレは魂だから……大丈夫じゃねぇのかな?」
「胸ポケットに入って下さい
病室を出て慎一に電話をして来ます」
榊原はICUを出ると携帯電話を取り出した
「慎一ですか?」
「伊織……どうしたのですか?」
「……頼みがあるのです……聞いてくれませんか?」
「はい!何でも言って下さい!」
「飛鳥井の家族には内緒で、リカちゃん人形の男モノの服と下着を買ってきてくれませんか?
後、お椀……」
「………伊織……リカちゃん人形の男物の服と下着とお椀……ですか?
何に使うか聞いても良いですか?」
「………頼むから……聞かずに買ってきてくれないですか?
慎一が断るのなら僕が買いに行くしかないのです……」
「………解りました……
少し待ってくれますか?」
「………誰にも……言わないで下さい……」
「………こんな事……言える筈もないです」
「……ですよね?」
「では買ってICUに届けます」
そう言い慎一は電話を切った
榊原はICUへ戻りベッドの上に座った
ポケットから康太を出して掌の上に置いた
「苦しくなかったですか?」
「少し恐いな……でも慣れか?」
「慣れなくても良いです……」
康太は榊原の指に擦り寄った
康太のよくやる仕草だった
暫くすると慎一は一生を連れてICUにやって来た
榊原の前にリカちゃんの彼氏の服と下着を置いた
そしてお椀を置くと……
「何に使うか聞いても宜しいですか?」
と問い掛けた
榊原は……無言で掌を慎一と一生に見せた
「………何ですか?」
「康太です」
「「……えええええええ!!!!!」」
慎一と一生は驚いて驚愕の奇声を発した
榊原は唇に指を当てて「しーっ!」と牽制した
二人が黙ると
「慎一、温めのお湯……お願いします」とお湯を頼んだ
「解りました……貰ってきます」
そう言いICUを出て行った
そしてお湯を貰って来ると、榊原に渡した
榊原はミネラルウォーターを入れてお湯を薄めた
少し温めのお湯にすると、康太の服を脱がした
そしてお椀の中に康太を入れた
細心の注意を払い……お湯の中に入れる
「気持ちいいですか?」
「おう!良い湯だ!」
小さな康太は気持ちよさそうに笑っていた
一生はやっと……「康太だ……」と呟いた
慎一も「……康太……ご無事で……」と言い泣いた
榊原は優しく康太の体躯を麺棒で擦った
「痒い所はないですか?」
「大丈夫だ!」
「風邪引かない様にしないと……」
お椀から取り出すと丁寧に体躯を拭いた
そして人形の服を康太に着せた
「どうですか?キツくないですか?」
「大丈夫だ!
結構着やすいな、コレ」
康太は榊原の手の上によじ登り、スリスリした
一生は「……康太……あんでこんなに小せぇんだよ……」と呟いた
榊原はダメージが強くて体躯に入れない事を話した
慎一は「……このまま体躯に入れないと……どうなるのですか?」と尋ねた
榊原は答えなかった
そんな最悪の事態………考えたくないから……
康太は「体躯に入れねぇと飛鳥井康太は死ぬ……」と告げた
「………っ!……」
一生は言わせた自分を悔いた
「飛鳥井康太の体躯を失ったら……体躯を捨てて本体でも今世に遺るしかねぇと想ってる……
子ども達が小せぇかんな……それしかねぇ……」
慎一は「人の世に……本体だと……弊害はないのですか?」と尋ねた
「………時の刻み方が異なるからな……弊害はあるだろ?
でも……今世で消滅しようとも………
子ども達を置いては逝けねぇと想ってる…」
「………康太!お前は本体に還れば良いんだよ!
他は考えなくて良いんだよ!」
一生は最悪の事態なんて考えるな!と怒った
康太は榊原の指に抱き着き
「伊織……ねみぃ……」と訴えた
榊原はフカフカのタオルの中に康太を寝かせた
「この中で寝ると良いです
僕も横で寝ます
潰さないようにしないといけませんね!」
榊原は嬉しそうな顔で笑った
一生と慎一は……
榊原を見ていて泣きそうになった
「お休みなさい
また後で見に来ます」
慎一はそう言い榊原をベッドに寝かせて、一生と共にICUを出て行った
一生はICUを出て……
「康太……何時まで小せぇんだろ?」と呟いた
慎一は「解りませんが……康太がいてくれるだけで良かったと想います
でなくば、伊織は無理しますからね……」と、心配を口にした
「………慎一……俺は……康太が生きていてくれれば……生きていける……」
「康太に付き添うなら力哉にちゃんとメールしなさい!」
「メールしてる
力哉……康太が隠したからな……
簡単には逢えねぇんだよ」
「……あぁ……悠太の姿見た頃からフラッシュバックしてるんでしたね……」
「……力哉はまだ……あの恐怖から抜け出ちゃいねぇ………
康太だって……あの日の悪夢から醒めた訳じゃねぇんだろ?
なのに……そんな事……感じさせねぇ……
俺は……頬を銃弾が掠った瞬間……
足が竦んで動けなかった
なのに……アイツ……銃弾に撃たれに行ったんだもんな………」
どんな精神力で立っていたんだろう……
どんな想いで……俺達や旦那を突き飛ばしたんだろう……
一人で逝く事に……
恐怖を抱かない訳じゃないのに………
「………叶わねぇな……」
「………康太だって……あの日の悪夢に魘される日もあります
カウンセリングは………今も受けてます……
康太が特別強い訳ではない……」
「解ってんよ
………そんな事……解ってんよ……」
「…俺だって……後……どれだけ……康太は闘って……
生きられるのでしょうか……
ふと……不安に思う日もあります……
でも……あの方は……俺と約束してくれた
俺に仕えろと言ってくれた
今世が終わろうとも……俺に仕えろとと言ってくれた……
俺は……その言葉を信じて逝くだけです」
「………だな……それより、腹拵えして、康太にプリン買って逝こうぜ
小さくなってもプリンは好きだろうからな!」
「そうですね!」
慎一と一生はホテルへと帰って行った
康太の存在がこんなにも嬉しい……
こんなにも心強い
君へと続く道を逝く……
見失いたくないから……
目を凝らして踏ん張って立つ
君へ……
君の元へ
続いて逝くから……
一生と慎一の足取りは軽かった
「康太……可愛かった」
一生はそう言い笑った
「でも康太ですから…」
甘くはない……と慎一は言い笑った
「康太だからな……」
大きさは関係なかったな
二人はホテルへと帰り着替えて、買い物をして病院へ向かった
久遠がICUに見に来ると、榊原は寝ていた
ここ最近……榊原は寝なかった
注射を打とうとすると
「康太が目を醒ました時に……寝ていたくないのです」
と言い寝なかった
だから珍しいな……と榊原を凝視していて……
榊原の枕元にあるタオルに目をやった
タオルには……康太が寝ていた
「…………え???……」
寝ぼけてる??
久遠は目を擦った
何度見ても……康太がタオルの中で眠って見えた
パチッと目を醒ました康太は久遠の存在に目をやった
「久遠か……」
康太は呟いた
「………康太……どうなさったのですか」
「おい!手!」
「………え?手……ですか?」
「そう、オレの前に手を出せ」
久遠は康太の前に手を出した
康太はタオルから抜け出ると久遠の手によじ登った
「よいしょ!うんしょ!」
大変そうに見えて……久遠は康太を摘まんで掌の上に置いた
「オレを摘まむな!」
康太はそう言い怒った
「………坊主……本物?」
「おめぇの目にはどう見えるんだ?」
「貴方は大きかろうが、小さかろうが、飛鳥井康太にしか見えません」
「ならオレは飛鳥井康太で良いな!」
「はい……良いですけど……どうなさったのですか?」
「本体が弱りすぎてて……入れねぇんだよ」
「………この体躯が……魂を弾き飛ばしたと言うのですか?」
「そうみてぇだな……
何度やっても入れねぇんだよ
だから弥勒にカタチにしてもらった
でねぇと……本当にオレはお化けにしかなれねぇかんな!」
「坊主……」
「あんだよ?」
「お前が戻れねば……この体躯は……死を待つしかなくなるぞ……」
「………だな……そうなるのは覚悟の上だったかんな………仕方ねぇんだろうな……」
「………てめぇ!……死なす為に俺はいる訳じゃねぇぞ!」
「………”無“にするしか……手はなかった
でなくば……今頃この世は……悪魔の巣窟になるしかなかった……」
「お前は本当に向こう見ずだ
おめぇの弟……二度と歩けなくかも知れねぇのに……病院抜け出して来やがったぜ」
「………え?悠太……歩けるのかよ?」
「松葉杖を駆使して来やがったぜ
顔の傷はかなり治って来たが……
目や骨はまだ無理だった筈なのにな……
足のプレートがズレるのを覚悟の上で……無茶しやがった……
プレートがズレれば‥‥留め金も意味をなさなくなる
それがどんな事になるか解らねぇ訳じゃねぇよな‥‥
坊主の周りにいやがる奴等は……本当に無茶ばかりしやがる……」
「久遠……一生達大丈夫だった?」
「頬は……消えねぇ痕は着いた」
「正義は?繁雄は?マックは?」
「あの三人は入院中だ!」
「酷いのか?」
「堂嶋はお前と同じで骨まで粉砕されたからな……後遺症がどう出るか……
三木は足だ……少しビッコ引くかもな……
ニックは脇腹……当分は動けないと想う」
「……生きていたんだな……」
「犯人の京極瑠璃子の弟は……脳味噌と心臓を食われて即死だったそうだ……」
「………悪魔と契約すれば……新鮮な脳味噌や心臓はご馳走だろうからな……
そうか……死んだのか……」
「事件のことはもう良い……
お前は……生きてるんだから……」
「久遠……悪かったな……」
「………坊主……俺は……お前をこの世に縛り付ける為に生きてる……
絶対に!お前を死なさない!」
「大丈夫だ久遠……オレは死なねぇ……」
康太はそう言い久遠の指をカリッと囓った
血が滲むと康太はその血をペロペロ舐めた
そして唇を噛むと……久遠の血と自分の血を交えた
「オレをお前の口まで上げろ」
久遠は手を顔まで上げた
康太は久遠の唇をペロペロ舐めた
「血が交わえばお前の体躯の一部に古代の血が蘇る……」
「………康太……」
「オレは死なねぇ!
オレの子はまだ小さすぎる
力を持つ前にオレが死ねば……
明日の飛鳥井の道が狂うかんな!」
「……坊主……本体に還れ……
そして目を開けてくれ……」
「大丈夫だ、お前がオレを生かしてくれるんだろ?」
康太はそう言い笑った
「何時かオレに還れ……」
「………え?……」
「久遠、伊織の状態はどうなんだよ?」
「伴侶殿は肩を打ち抜かれました
その時、肩甲骨と鎖骨の骨を粉砕したので……
肩から首にかけて痛みや後遺症は遺ると想います」
「オレはどんな状態なんだよ!」
「貴方は伴侶殿が抱き着かねば……
心臓を打ち抜かれて即死でした
伴侶殿が咄嗟に抱き着いた事によって
命は助かりましたが……予断は許されません……」
「……危篤状態なのか?」
「そこまでじゃない……だが……弱りすぎてるのは確かだ……」
「……オレが入らねば……余計弱っていくか……」
康太は呟いた
榊原は目を醒ますと枕元のタオルを見た
タオルの中には康太の姿はなく……
ガクッと崩れ落ちた
夢だったのか……
小さな………小さな愛しき人……
「おい!伊織!オレはここだってば!」
榊原は顔を上げると……
久遠の手の上に康太が立っていた
「康太……勝手に起きないで下さい!」
「久遠に一生や慎一、正義と繁雄とマックの容態を聞いてたんだよ」
「僕から離れないで下さい」
「ほら、手を伸ばせよ!」
榊原は久遠に向けて手を伸ばした
すると康太は榊原の手の方に、飛び移った
榊原は手に康太を感じると……
胸に大切に抱いた
「伊織、オレは本体に戻らねぇと……弱って死ぬしかねぇからな!
本体に戻る方法を弥勒に探って貰う事にする」
「………康太……」
康太を大切に胸に抱く榊原を見て久遠は
「弥勒が病室に入れるようにするには……
この病院では無理だ……転院されますか?」
久遠は榊原に問い掛けた
「………康太の意識はない……
なのに……出来るのですか?」
「病院側に掛け合って来ます
そして飛鳥井の病院の方で受け入れ体制を作る!それしかないです!」
「………頼みます……」
榊原は深々と頭を下げた
久遠は榊原に頭を下げると、ICUを出て行った
「康太、胸ポケットに入って下さい」
「お!良いぜ!」
榊原はそっと優しく胸ポケットに康太を下ろした
胸ポケットの入り口から顔を出して生地を掴んでいた
榊原は「可愛いです」と目尻を下げた
そしてICUを出て一生に電話をかけに向かった
「一生ですか?」
「おう!旦那どうした?」
「飛鳥井の病院に転院します」
「………え?これからか?」
「はい……本体に入らねば……康太の命が……潰えてしまいます……
今、久遠先生が転院の手続きをしに逝きました」
「ならホテルを引き払って病院に向かうわ!」
「頼みますね……」
電話を切った榊原は胸ポケットに話しかけた
「何か飲みたいのありますか?」
自販機の前に歩いて逝き康太に話しかけた
ぱっと見……独り言言ってる変な人に見えなくもないのに……
榊原は一切気にしなかった
「ミックスジュース」
「好きですねこれ!」
榊原はお金を入れてミックスジュースのボタンを押した
ジュースを取り出す時、細心の注意を払い、ジュースを取り出した
ICUに戻ると康太をタオルの上に置いて、コップに少しだけジュースを入れた
コップを傾け、指をジュースの中に突っ込むと……湿らせて康太の口の前に指を持って来た
「飲めますか?」
康太は榊原の指先をチュパチュパしながら飲んでいた
「美味しい伊織…」
「そうだ、朝ごはん、一緒に食べますか?」
「良いのか?」
「君にはごはん粒一粒でも大きいですかね?」
ごはん粒を一粒箸で摘まむと、康太に渡した
康太はごはん粒を抱き抱えると、モグモグ食べ始めた
「美味しいですか?」
「おう!美味しい」
おかずを一囓りして康太に与える
榊原は楽しそうに食事をしていた
康太がいれば……
こんなに食べるのが楽しい……
暫くすると一生と慎一がICUに顔を出した
「あと少しで病院に着く所だったんだぜ?」
と一生はボヤいた
あと少しで病院と言う所で榊原から連絡があり、一生と慎一はホテルに戻り、荷物を纏めてホテルを引き払った
「此処にいてくれませんか?」
「………旦那はどうするんだよ?」
「康太が転院するなら正義さんと繁雄も逝くでしょ……
病室に話しに行きます」
「康太はどうするんだよ?」
「胸ポケットに入れて逝きます」
榊原がそう言うと一生は立ち上がった
「俺が正義と繁雄の病室に案内する」
そう言った
榊原は康太のお口を細心の注意を払って拭くと、胸ポケットに入れた
「慎一、荷物を纏めて置いて下さい
後、僕の着替え持ってますか?」
「車の中に入りっぱなしになってます」
「では、それを持って来て下さい」
「解りました!」
「では少し逝ってきます」
「………伊織……貴方も怪我を負ったのです……
どうか……無理なさらない様に………」
「解ってます……」
榊原は慎一の肩を叩いて、病室を痕にした
康太は榊原のポケットから顔を出していた
「……一生、その頬……深いのか?」
「俺は男だし気にしねぇよ!」
「………悪かった……も少し早く突き飛ばしておけば良かった……」
「気にすんな……」
一生は嬉しそうだった
やはり康太がいると嬉しい
一生は堂嶋の病室の前にノックした
「どうぞ!」
堂嶋の元気な声が聞こえて、榊原はホッと胸を撫で下ろした
ドアを開けて病室に入ると堂嶋は起きていた
「伴侶殿、どうされました?」
「康太を横浜の飛鳥井の病院に転院させます」
「なら俺も一緒に転院する!」
堂嶋は言い切った
「………正義さん……大丈夫なのですか?」
「伴侶殿も撃たれた筈だ!
大丈夫なのですか?」
返されて榊原は……困り果てた顔をした
堂嶋は榊原を見て………
胸ポケットの存在に気が付いて……
凝視した
「………伴侶殿……」
「何ですか?」
「……その……ポケットの……」
「あぁ、康太です」
「………本物ですか?」
「ええ。正義さん手を……」
榊原に言われて堂嶋は手を差し出した
榊原は堂嶋の掌に康太をポケットから取り出し乗せた
「よぉ!正義!肩は大丈夫かよ?」
小さいけれど………
何処から見ても……飛鳥井康太だった
「………康太……どうして……」
「オレの体躯が弱りすぎてて入れねぇんだよ
最初は声しかなかったけど……
弥勒に言ってカタチを作って貰った……
本当はもう少し大きくなると想ったけど…
これが限界だった……」
「……本体……弱っているのですか?」
「あぁ……このまま……本体に入れねぇと……
オレは死ぬしかねぇんだ……」
「………弥勒なれば……手を打ってくれるのですか?」
「………多分……」
「では、弥勒に依頼します
幾ら払おうとも……
貴方を……還して貰います……」
「……正義……」
「俺も退院します!
坊主は本当に目を離すとロクな事をしねぇ…」
「正義……悪かったな……
お前を傷つけるつもりなんてなかったのにな……」
「気にしなくて良い……」
堂嶋はそっと……康太の頭に口吻けを落とした
「オレは繁雄も見て来ねぇと……」
「では俺も繁雄の所へ一緒に逝きます」
堂嶋はそう言い榊原の胸ポケットに康太をそっと入れた
「大丈夫ですか?」
「大丈夫だ正義……」
「しかし……坊主は大きさに関わらず飛鳥井康太だな」
堂嶋はそう言い笑った
一生は「俺もそう思った」と言い笑った
榊原は三木の病室のドアをノックした
…………中から声は聞こえなかった
シーンと静まり返った部屋に……
榊原はドアを開いた
すると……ベッドの中はもぬけの殻だった
「あれ?繁雄は?」
榊原が呟くと……康太が
「………オレのいるICUに行ってんだよ」と告げた
榊原はICUへと急いだ
ICUの前にはガラス窓の向こうの康太を見ている三木が立っていた
「………三木……病室に行ったのですよ……」
榊原は三木に声をかけた
「……康太……眠ったままですか?」
「一生、繁雄を中に入れて下さい」
榊原はそう言いICUの中へと入った
三木はベッドに横たわる康太の手を取って……
泣いていた
「繁雄!泣くんじゃねぇ!
しかも……悠太じゃあるまいし……
松葉杖で歩くんじゃねぇ!」
康太の声だった
「慎一、繁雄はもう歩いても良いのかよ?」
「股を撃ち抜かれてるので……無理は当分出来ない筈です……」
「なら何で!アイツは歩いてんだよ!」
康太は怒っていた
三木は何が起こったか……解らなかった
でも声のする方を見ると……
榊原の胸ポケット辺りから声が聞こえた
よーく見ると胸ポケットから顔を出してる存在にやっと気がついた
「………康太……ですか?」
「おめぇの瞳には何に映るんだよ?」
「飛鳥井康太です」
3センチしかなくとも……
やはり彼は飛鳥井康太だった
「ならオレの駒だろ?繁雄!」
「はい!私は飛鳥井康太の駒です!
康太……二度と貴方と話せないかと想いました……」
三木は泣いていた
「………このまま本体に還れねぇと……
永久にお前と話せねぇかもな……」
「……え?……」
榊原は康太の本体が弱っている事を話した
そして本体に戻れねば……
康太は永遠に目を醒まさない………と告げた
「………方法はないのですか?」
「………弥勒が……康太を戻してくれるかも知れません
なので、横浜に還るのです」
「では弥勒に依頼します
幾ら掛かっても良いので……頼みます」
堂嶋と同じ台詞を言って……
榊原は笑顔が零れた
飛鳥井康太を支えてくれる人がいる
飛鳥井康太を愛してくれる人がいる
そんな人たちに支えられて康太は生きているのだ……
「オレは飛鳥井の病院に転院する」
康太が言うと堂嶋も三木も
「「着いていきます!」」と言った
「無理すんなよ……絶対に…」
康太が言うと堂嶋は
「……銃口の前に飛び出す奴が言うな……」
と怒った
久遠がICUに戻って来ると
「転院するぞ!」と宣言した
「康太を先にドクターカーで運び込み転院させる
伴侶殿と三木と堂嶋もニックも退院するんだろ?
病院の方から車を用意します
医者と看護師が同席させますので、少し待ってて下さい
一生、慎一、お前達も消毒を忘れるなと言った筈だ!」
久遠は指示を出し、康太を先に運び出した
榊原は康太と共にドクターカーに同乗して一足先に横浜に帰った
その後に飛鳥井の病院からドクターカーを配備し迎えに来た
医者と看護師が同乗して、三木と堂嶋、一生、慎一、ニックを乗せて横浜へと向かった
飛鳥井の病院に着いて、慎一は瑛太に電話した
「瑛兄さんですか?」
『慎一ですか?何かありましたか?』
「康太が横浜の飛鳥井の病院へ転院して来ました」
『………え?転院?……大丈夫なのですか?』
「はい。もう飛鳥井の病院にいます
正義さんと三木も一緒に転院して来ました」
『……解りました……飛鳥井の病院へ向かいます』
「はい。何時でも構いません
飛鳥井の病院にずっといますから……」
『……慎一……』
「はい。」
『………本当にありがとう……』
「俺は康太に着いてます
伊織は直ぐに無理をしますから……」
『頼みますね!』
はい。と返事して慎一は電話を切った
康太はICUではなく器具を運び込み個室に入院した
榊原も同じ部屋にベッドを運び込ませた
堂嶋と三木は隣の部屋に入院した
一生は悠太の所へ顔を出した
悠太は小さな個室に寝かされていた
部屋は入院したばかりの時よりは……明るくなったが、まだ無理できないと暗くしてあった
「悠太、こってり絞られたか?」
一生が顔を出すと悠太はバツの悪い顔をした
「………凄く怒られた……仕方ないよ……
抜け出しちゃったから……」
「康太はこの病院に転院した」
「………康兄は……意識取り戻したの?」
「………まだだ……意識取り戻したら知らせに来る
だから無茶して来ようとするんじゃねぇぞ!」
「………解ってるよ一生君………」
「顔、大分治ったな
やっと悠太と話してる気がするな」
「腫れが引いたからね
久遠先生が『治った後が怖いから慎重に動け…』と釘を刺されちゃったよ
俺の骨‥‥‥脆くなっててポロポロ崩れちゃうかも知れないって‥‥」
一生は悠太の頭を撫でた
「おめぇは康太が治してくれる!
早く良くなれ……高校生活最後の日々を悔いなく過ごせる様に頑張って治せ!……」
「………はい!」
一生は悠太を寝かせて布団を被せて、病室を出た
康太の病室に戻ると、康太は寝ていた
「………康太……疲れたのかよ?」
「ええ……疲れたみたいです」
小さな康太がタオルの中で寝ていた
康太の本体は機械をつけられて……眠っていた
榊原は康太の本体の手を取ると……
ぬくもりを確かめる様に……手の甲に口吻けた
「………康太……愛してます……」
耳元でそう囁いた
「………寝てるみてぇだな……」
一生は康太を見て……そう言った
「………赤龍……康太が逝く時……
僕も逝きます……」
「………今………そんな事を言うな!」
「………僕には……炎帝しかいません……
青龍は……炎帝をずっと……愛してました
だけど……炎帝に愛されると想っていなかったから…………見下して……接していました
炎帝を抱いても……
僕は……炎帝に先の約束をやらなかった
僕は……不実な男だったのです……
僕の結婚生活は最初から破綻してました
当たり前です……
僕は……ずっと炎帝を愛していたのですから……
でも……両親や一族の誇れる存在でいたかった…
一族の誇れる存在でいたかった……
僕は……卑怯だから……炎帝を冷遇した時期がありました
柔らかいベッドの上で抱いてやらなかった……
だから僕は炎帝を手にしたら……
何よりも炎帝を大切にすると誓ったのです……」
「……青龍……ずっと疑問だった事………
聞いても良いか?」
「……何でも聞いてください」
「お前は……炎帝と恋人同士だったのか?
俺を初めとして……黒龍ですら……
お前と炎帝の繋がりが分からなかった…」
「今……言いませんでしたか?
僕は炎帝を冷遇していた時期があるのです
僕は炎帝を結婚する前から抱いてます
だけど恋人として扱った事はない
炎帝が湖に来る……すると僕は炎帝を抱きに湖に出向いた
冷たい草の上で何時も……繋がって………
柔らかいベッドの上で抱き合ったのは……
炎帝が人の世に堕ちる前の晩……
一度きりでした……
炎帝は僕に抱かれた後直ぐに……
天馬を眠らせて湖に出向いて……人の世に堕ちる所でした……
僕は湖に行き……炎帝を抱き締めた……
未来永劫……炎帝を幸せにすると約束して……
人の世に堕ちて来たのです……
ですから炎帝を……
一人にはしません……
未来永劫炎帝を離さないと決めたのです……」
初めて……炎帝と青龍の馴れ初めを聞いた
不器用な男が……
初めて愛の愛を貫いた……
一生は涙を拭った
冷遇させてしまった想いが……
炎帝を大切に……
誰よりも幸せにしようと……
誓ったのだろう
青龍の不器用な愛が痛かった……
青龍……
お前……ずっと炎帝を愛していたのか?
だけど、 誇れる一族の存在でいようとしたのか?
お前の結婚式は一族の誇りだった……
だけどお前は……
心を置き去りにして……妻を愛そうとしたのか?
そんな青龍と炎帝がどうして接近したかは解らないが……
妻のいる青龍を想っていた炎帝にとって……
気まぐれな行為すら……
嬉しかったというのか……
最後に柔らかいベッドの上で愛し合って……
人の世に一人で堕ちる気だったのか?
炎帝………
今はお前の側に……
青龍がいて良かったと想う……
「青龍……俺は……炎帝の側にお前がいて良かったと……心から想う……」
孤独な魂が……
寄り添っていてくれて良かった
孤高の蒼い龍が……
一人でいなくて良かった……
炎帝が……
一人でいなくて良かった……
「………赤龍……」
榊原は何も言わず……
康太の頬に口吻けを落とした
「愛してます……炎帝……
未来永劫炎帝だけ愛してます……
もう二度と……君を悲しませる事はしません
大切にします……」
誓いの言葉みたいだった
榊原は何時もこうして康太に囁いていたというのか?
一生は胸が痛かった……
何度も……
何度も……
愛してると囁き……口吻ける
康太……
目を醒ませよ……
お前の愛する青龍の為に……
目を醒ませよ……
一生は堪え切れなくて泣いた……
慎一が何も言わずに一生を抱き締めた
静まり返った病室に、 ガチャッとドアが開く音が響いた
榊原が振り返るとニック・マクガイヤーが立っていた
「………ニック……大丈夫なのですか?」
「俺の事はいいねん!
康太は?……どうなったんや!」
「意識はまだ戻っておりません……」
榊原が言うとニックは「畜生!」と吐き捨てた
「何をしでかすか……予測不能な奴だと想っていた……
こんな奴……今まで警護した事なんてねぇから……一瞬出遅れた……
出遅れたから……護れなかった……」
「………ニック……康太がその気になれば……
何万の警護がいても……姿は消せれる
康太を止めるのは至難の業です……
ですから……君の落ち度ではない……」
「………俺は昔……徴兵で陸軍の特殊部隊に身を置いていた
除隊した後は傭兵として戦地へと出向いた
銃弾が飛び交う世界に身を置いていた……
だが……目の前を銃弾が飛んで来れば……身が竦む……
こいつは……どんな生き方をして来たんだ?
銃口を捉えて……歩みを止めなかった……
銃弾が飛んで来るのを見据えて……嗤っていやがった……
そして呪文を唱えた
呪文を放ち……軌道に乗るまで確かめて……倒れた……
俺は……長い事……現場に立っていたが………
こんな奴は初めてだ!」
「………それが………飛鳥井康太です……」
それ以外の言葉なんて要らなかった
「……俺は……飛鳥井康太以外の人間には仕えねぇ事を宣言する!
俺を生かしたのは飛鳥井康太だ!
犯人は俺の心臓を狙っていた……
追い詰められても……犯人は狙って撃てる力を持っていた
銃口の軌道を変えたのは康太だ!
康太の放った覇道が銃弾をねじ曲げた……
あれがなくば……俺は死んでいた
俺を生かしたのは飛鳥井康太だ!
今後俺は飛鳥井康太以外の人間は守らねぇと決めたんだ!」
「………ニック……」
「康太の意識が戻ったら、浅草に行く約束してたんだ!
外国のお上りツアーなるものをしてやると約束してくれたんだ!
目を醒ましやがれ!康太!」
榊原は何も言わずにニックを抱き締めた…
一生が「無理したら治らねぇぞ!」と言い病室へと連れて行った
一生が出て行って直ぐに病室がノックされた
ドアを開けに行くと兵藤が立っていた
「待たせたな!」
兵藤はニカッと笑って病室へと入って行った
「………君……何処へ行ってたのですか?」
榊原は驚愕の瞳で兵藤を見た
「俺か?俺は炎帝が放った呪文が軌道に乗るのを確かめる為に朱雀になって追っていた
お前も知ってるだろ?
ソロモン72柱を阻止すべく冥府の門を総て開いた
皇帝炎帝として康太は冥府にいた……
東西南北……冥府の門を開き……
ソロモン72柱ごと……炎帝は“無”に還した
”無“に還した72柱を冥府の門へと閉じ込め封印した……
この術は……飛鳥井康太の命と引き替えに……
放った呪文だ………
康太は……今世の“生”を諦めて……
魔界と飛鳥井の明日を護ったんだ
ソロモン72柱を”無“にした瞬間……
操っていた悪魔は消滅した
飛鳥井を狙っていた……悪しき魂は“無”に還され…冥府へと向かった
俺はそれを総て見届ける為に朱雀になって追った……
朱雀は……炎帝のトドメを刺せる存在だ……
冥府に入っても……支障はない
炎帝はそれを知っていたんだな………
俺さえ知らない事を……アイツは知っていやがった
そして俺に言った
『総てを見届けろ!それがお前が生まれた使命だから……』そう言いやがった
だから俺は見届けた……
そして今……俺は皇帝閻魔に頼まれて此処にいる!
飛鳥井康太を生かす為に此処に立ってる!」
「………今回は……僕は置いてきぼりでした……」
「違う!置いてきぼりだったんじゃねぇ……
お前は炎帝と交わし存在だ……
だから……その気になれば冥府に入れねぇ事はねぇんだよ!
だけど、何故それをさせなかったか解るか?」
「………何故なのですか?」
「飛鳥井康太の傍に青龍がいる……
絶対に青龍の所へ還る為にだよ!
でなくば……還れねぇ現状に負けちまうかも知れねぇじゃねぇか……
絶対に負けねぇ様に……お前を本体の傍にいさせたんだよ……
何処へ逝こうとも………
炎帝はお前の所へ還る!
だから還る為に!
炎帝はお前を……置いて逝ったんだよ」
「………炎帝……」
榊原はそう呟いて泣いた……
「飛鳥井康太には6人の子供がいる
綺麗の施設に寄って流生達と逢ってきたんだよ!
その時、早くかぁちゃととぅちゃと逢わせてやるからな!と約束したんだ
約束は守らねぇとな!
だからな、ぜってぇに起こさねぇとな」
兵藤の声に康太は起きていた
榊原の腕によじ登り上がろうとすると、榊原が気付いて康太を掌の上に置いた
「どうしたのですか?」
「貴史、いるのかよ?」
兵藤は目の前で繰り広げられる会話に…
鼻血が出そうになった
………何よこの可愛いの……
欲しい……
兵藤は自分の想いを振り払った
「………康太かよ?」
「そうです……」
「ちみ康太か…」
兵藤は康太の前に手を差し出した
康太は兵藤の手によじ登った
「総て見届けて来た!」
「………ありがとう朱雀……」
「Τάρταρος(タルタロス)が出て来た
総てはハデスの想いのままに……と言ってた」
「………タルタロス……出て来てくれたか……
ならもう誰も……そこへは逝けねぇな……」
「………タルタロスって何者なんだよ
おめぇと知り合いなのか?」
「古代ギリシャの神だよ」
「………古代ギリシャ???
……オリンポスの十二神より古いのか?」
「カオス、ガイア、エロースとともに生まれた原初の神々の一柱だ」
「………そんな神……魔界のモノは誰も知らない」
「まぁオレの話を聞け
霧たちこめ、神々ですら忌み嫌う澱んだ空間にタルタロスはいるんだよ
遥か昔……ポセイドンが青銅の門を作った
その周りは青銅の壁で覆われているため、何者も逃げおおすことはできない鉄壁と言われた壁だ
仮に人間がこの門の中に入ったとしたら、一年がかりでも底にすらたどり着けない
かえって、神々が怖れるほどの苛烈な暴風で吹き飛ばされてしまう……と言われてる威力を持っていた
タルタロスは今冥府の門の向こうでポセイドンの青銅の壁を作って……
冥府の門をより完璧にしている……」
「………それは……冥府のモノしか知らない事なのか?」
「………いや、親父殿と皇帝炎帝しか与り知らぬ事だ……」
「……なら……冥府の門の中へ入ったやつは好き勝手は出来ないと言う事だな……」
「好き勝手しようにも……出られねぇかんな……
許されねば出られねぇ……
冥府の門より深く続く青銅の門を出られ筈などない
冥府の門番はケルベロス2頭が放ってある
………後は……仕上げをしねぇとな……
主犯格は食われて死んでも……
ソロモン72柱を唱えた奴はいるんだからな!」
「………それよりも……本体に入ろうな康太……」
「それだよ!
それが先にやらねぇと死ぬしかねぇからな…」
「………おめぇは……小さくとも飛鳥井康太だな……」
兵藤は笑った
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