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第97話 還る②

炎帝は閻魔の邸宅に着くと、閻魔に人の世に還る事を告げた 「還るのか?炎帝よ!」 閻魔は炎帝を待ち構えて庭にいた 庭の聖獣は本体は冥府に還り、影は持ち場に戻り……白狐が炎帝にかけよって来た 「うしうし!ポン太元気だったか?」 炎帝が声をかけると白狐は尻尾をふった 「兄者、オレは還るかんな!」 「………炎帝……気を付けて参れ!」 「子閻魔が魔界に戻る時、もう一度魔界に来るかんな!」 「………待っておる…」 閻魔はそう言い炎帝を抱き締めた 「………兄者……許せ……」 炎帝はそう言い閻魔を抱き締めて……離れた そして振り返らずに……歩き出した 片手をあげて手をふると、青龍が炎帝の横へと並んだ 「貴史、還るぞ!」 そう言うと朱雀は笑って炎帝の肩を抱いた 「古狸、始末すんだろ? アイツは親父も手を焼いたからな……」 とボヤいた 「お前は鳥になれ! オレは青龍に乗せて貰って行くかんな!」 炎帝が言うと青龍は蒼い龍に姿を変えた 炎帝は青龍の頭に乗ると、鬣を掴んだ 角にうっかり触ると危険だから…… 女神の泉へと向かうと釈迦が既に来ていた 転輪聖王も待ち構えていた 炎帝は転輪聖王に 「弥勒、お前は別れを惜しむ相手いるんだろ? 別れを惜しんで来なくても良いのかよ?」 と問い掛けた 転輪聖王は……「………そんなのはおらぬ……」とそっぽを向いた 「………おめぇ……オレに構えねぇ相手が出来たんじゃねぇのかよ? ………そう言ってオレの前から消えたのに…… 今世は人の世に堕ちてるからビックリした」 炎帝は……大切な伴侶が出来た……だからもうお主には二度と逢う事はない…… と言い消えた転輪聖王の言葉を思い出した 遥か……昔の……事だ 転輪聖王は……言いにくそうに……炎帝を見ていた 仕方ないから釈迦が助け船を出してやった 「炎帝、切羽詰まった奴の言葉は、殆どが嘘八百じゃ……許してやってくれ……」 炎帝はニカッと嗤った そんな事は百も承知だと言わんばかりに……嗤っていた 「炎帝、女神の泉を取り仕切る女神、凛じゃ!」 釈迦は炎帝に女神を紹介した 炎帝は女神の手を取ると、手の甲に口吻けを落とした 「炎帝に御座います! 以後お見知りおきを!」 そう言いニカッと笑った 女神は炎帝を見ていた…… 釈迦は女神に「惚れるでないぞ……」と助言した 女神は何も言わず微笑んだ 青龍は炎帝を引き寄せて抱き締めた 青龍の腕の中で笑う無邪気な顔を見れば…… 炎帝の唯一無二は誰か言われなくても解る 女神は姿勢を正すと凜として微笑んだ 「そこへ並びなさい! 我が『入れ!』と号令を掛けたら湖の中へ入るがよい!」 「人の世で、何時になる?」 「総ては貴方の想いのままに…… 飛ばしてみせましょう!」 気品高く自信に満ちた女神はそう言った 「入りなさい!」 女神の掛け声で、全員、泉の中へと飛び込んだ 炎帝は青龍に抱き着いた 物凄い気圧に押しつぶされそうになり…… 遙か昔……共に人の世に堕ちた時を思い出した 炎帝は青龍の胸に顔を埋めた 青龍は強く……炎帝を抱き締めた 眩暈のする程の気圧に流されて……… 気が付くと……飛鳥井の家の屋上に下ろされた 「此処……オレんちの屋上やん」 康太が言うと、屋上のドアが開かれた そして一生が顔を出した 「一生……どうしたよ?」 康太がと言うと一生は 「閻魔から炎帝が還ったって連絡が入った 飛鳥井の屋上を見に行けば康太がいるって教えて貰った」と説明した 「………兄者が……」 康太は呟いた そして一生に向き直った 「聡一郎はどこよ?」 一生は康太の瞳を受け止めて…… 「………何処にいるか解らん…… 今探してる……」と説明した 「………釈迦……司命は何処よ?」 炎帝の釈迦と呼んだ言葉に一生はギョッとなった 「………本物?……」と想わず問い掛けた 名前なら知っている だが実態を目にした者は、ほんの数人…… あの閻魔でさえ……釈迦は知らぬと言うのに…… 康太は笑った 釈迦は「では導いてやろう……」と言うと…… 真っ白な鳥になった 「我を車の処へ連れて行け そしたらお前達の前を飛んで導いてやろう」 そう言うと康太の肩に白い鳥は止まった 弥勒は「我までいると目立つ故消える」と言い姿を消した 榊原は康太を抱き上げると 「捕まってなさい!」と言い走り出した 屋上から階段を下りて玄関横の地下駐車場へ逝くドアを開けて下がってゆく ベンツのロックをキーで解除すると、助手席に康太を乗せた 後部座席に一生と慎一と兵藤が乗り込んだ 榊原はエンジンを掛けるとかなりのスピードを出して走り出した 白い鳥を追って、榊原は走った 『お主の追ってる奴は……自分を捨てて別人になりおった奴じゃ だが悪運も尽きる時が来た 奴はお主が来るのが解っているのだな』と弥勒が声を掛けた 「別人になろうとも関係ねぇ! オレの駒を殺したカタは取らねぇとな! 水野、高坂、八雲達の無念を晴らす時が来たんだからな!」 『………視えておったか?』 「あぁ、頃合いを聡一郎に探らせていた 愛染明王の加護の元では手は出せねぇかんな!」 『加護も消えたが……神体は握られてるからな……下手には出られないと言うのもあるだろ?』 「………だがもう許しちゃおけねぇ!」 『彼奴の力は……絶大なのは変わらぬからな… 彼奴は今、笛吹孝充と名乗っているそうだ…』 「どんな名前になろうとも生まれて此れまでの所業は消えねぇよ! そうだろ?弥勒?」 『………だが……そんな所業など消し去るのが彼奴の得意技ではなかったか? 生まれ持った力を最大限に使い、愛染明王の加護を得て好き放題やって来た…… 忘れた訳ではあるまい』 「………死んでも忘れてねぇよ弥勒! オレの駒を殺してくれた奴を忘れる訳がねぇ! オレは仇は取る………その日のためだけに生きてきたと言っても過言じゃねぇ! 悪事の限りを尽くして……人ごと変えたから…… 罪も消えたなんて……言わねぇよな?」 『………彼奴は総てを捨て去る時に……業も捨て去る…… それは知らぬとは言わさぬ………』 「………だったら……今回も……手は出すな……と?」 『そうではない……そうではないが……… 自分を捨て去る奴故に……どんな罠があるな……』 「罠でも……何でも……オレは逝く!」 『………解っておる……誰もお主の歩みは止めぬ……』 弥勒は苦しそうに答えた…… 不安なのだ…… 戦後の混乱に乗じて、数々の悪行を重ねて来たのに…… 捕まる寸前に己を消し去り、別心になりすむし生き長らえる…… 今回も飛鳥井家真贋が…… 自分を追って来るのを把握して……総てを捨て去った その運命が尽きることなく……続く 底なしの不安に襲われる 何故……神の目を欺いて…… 加護を受けられたのか…… 何故…… 別人になりすませるのか…… 弥勒には想像すらつかなかった 白い鳥は榊原の車の前を優雅に飛んでいた かなり走った頃に車上を旋回し始め…… 榊原はスピードを落とした 目の前には要塞並みの建物が建っていた 高い壁が続き…… 木々に覆われ簡単には入るのは出来そうもない…… 榊原は康太を見た 「……車……何処で停めましょうか?」 「路肩に車を停めてくれ……」 康太はそう言うと一生に携帯を要求すべく手を差し出した 一生は康太の手の上に携帯を置いた 康太は何処かへ電話を掛けた 「善之介?オレ!」 『康太!逢いたかったです!』 電話の相手は蔵持善之介だった 「聞きてぇ事があんだよ?」 『なんなりとお聞き下さい 知っている事ならお答え致しましょう!』 「笛吹孝充、知っている?」 『………元……五十島……ですか?』 「知ってるのか?」 『財界人のトップにいる人間なら知っておる事です』 「名を捨て身を捨て……別人になったと聞いたが?」 『名を捨て身を捨て……やる事が変わらぬのなら……捨てた事にはなりはせぬ!』 「へぇ~変わんねぇ事してるのかよ?」 『邪魔者は総て消し去る…… その悪行の運気も尽きそうなので逃げたのでしょ?』 「ヘマ……したのかよ?」 『息の掛かった暴力団が代替えしたので、汚れ役はしなくなったのですよ それで今までの功労代を払えと強請られていたみたいです で、身を捨て名を捨て今度も逃げる算段をしている‥‥が実情でしょう!』 「………何処の組よ?」 『関東最大勢力 仁和会』 「………また……厄介な所に目をつけられたな……」 『今笛吹孝充は要塞並みの家から一歩も出ないみたいです』 「すげぇよな……この家……」 『家の前にいるのですか? ならば……気を付けなさい…… 近辺を暴力団が付け狙っています!』 「……みてぇだな……善之介、ありがとう また電話する!」 康太はそう言い電話を切った 同時に榊原の車の横に男が数名立って……窓をノックした 榊原は康太を見た 康太は榊原に「窓を開けろ!」と指示した 榊原が窓を開けると、目つきの鋭い男が 「何用でこの家の前に車を停める!」 と問い掛けた 「用がねぇなら車は停めねぇだろうが!」 康太は小馬鹿にしたように答えた 男の瞳が……鋭く光った 「お前、名前は?」 「オレは名乗らねぇ奴に名乗る気はねぇ!」 康太は言い捨てた その堂に入った態度に、ただならぬ気配を感じた男は 「俺は仁和会 衛藤千也 貴方は?」 「オレは飛鳥井康太!」 康太は言い捨てた 衛藤千也と名乗った男の瞳が……驚愕に開いた 「………飛鳥井家……真贋?」 「そうだ!」 「俺に少し時間をくれませんか?」 「良いぜ!目的は同じ見てぇだからな!」 「俺の車の後に付いて来て下さい!」 「なればオレを連れて逝け!」 康太はそう言い嗤った 身も凍るような冷たい笑みをたたえ嗤っていた 男は頭を下げると車へ急いだ 車に乗り込むとクラクションを鳴らし、走り出した 榊原はその車の後を付いて走った 「釈迦、あの男がいると解って……導いたか?」 『目的は同じ……貴方に何かあれは我は直ぐに出るので逝くがいい』 釈迦に言われ…… 康太は唇の端を吊り上げて嗤った 車は……大きな日本家屋の屋敷の前で停まった 衛藤は車から下りると榊原の車に近寄った 「車は下の者が停めに行きます どうぞ、下りて下さい!」 「全員下りて良いのか?」 「はい!お願いします」 そう言われ康太は車から下りた 榊原や兵藤、一生と慎一が下りた 康太は衛藤に…… 「この男は……この場所には不要…… 今後、この男の経歴に傷が付く…… 黙って帰らせてくれねぇか?」 と屋敷に入る前に、そう言った 「承知した! この屋敷の近くに立っているが良い そしたらハイヤーを手配してよう!」 と衛藤は受け入れた 康太は兵藤の背中を押すと 「お前は帰れ!」と言い放った 「康太……」 「オレはお前の経歴に少しの傷も付けたくねぇんだよ! その傷を付けるのがオレなれば……… 自分を呪い殺したくなる……」 康太の言い分に兵藤は頷き離れた そして言われたとおりに、屋敷から離れた所へ向かった 康太は背を向けると屋敷の中へと入って行った 衛藤に広い和室に通された 康太は姿勢を正して正座していた 榊原や一生や慎一も黙って座っていた 襖が開かれると……… 五十代位の端正な顔をした男が入って来た 男は康太を見て皮肉に嗤った 「代替えしたとは聞いたが……こんな子供が真贋なのか?」 と、失礼な言葉を言い放った 康太は何も言わず入ってきた男を見た その瞳に………男は身を引き締めた 「飛鳥井家真贋……か?」 問われても康太は何も答えなかった 「何故……何も言わぬ?」 男は康太の前に座った 「名乗りもせぬ奴に言う言葉はない!」 康太は言い捨てた 「失礼、仁和会組長 一廼穂 仁と申す」 「オレの名は飛鳥井康太!」 「お主が稀代の真贋……か?」 「要件は?」 「お主は弥勒付きであったな なれば、弥勒を呼ぶがよい!」 「だってさ弥勒!」 康太が言うと弥勒は姿を現した 「知り合いか?弥勒?」 「………我は知らぬ……」 弥勒は言い捨てて座った 「一廼穂……いちのほ……と言う呼び名は親父殿が知ってるかもな?」 「厳正か……呼ぶか?」 「知ってるなら出て来るであろうて!」 弥勒と康太の会話を一廼穂は何も言わず、見ていた 康太はじーっと一廼穂を視た 果てまで視る目で……果てを見た 「勢和会の会長が弥勒と懇意にしてたから、お前のことは知ってるだけだな……」 康太が言うと一廼穂はニヤッと嗤った 「流石は真贋……その容姿に騙されてると気が付くと喉仏を噛み切られるしかない……」 「要件に入れ!」 「笛吹孝充と言う奴を知っておるな」 「あぁ、嫌と言う程にな!」 「アイツは此処10年で幾つかの名前と戸籍を手に入れて……すり替わった…… 邪魔者は総て排除して……アイツの通った後は草木一本すら生えはせぬ……」 「詳しいじゃねぇか……何時から追ってる?」 「五百島……の頃から…… アイツは……大切な者を殺して罪を全部……亡き者に背負わした そして自分は姿をくらまして…… 別人に成り代わる…それが常套……のクソ野郎だとな……」 「オレの駒は自殺と事故と火災で亡くなった 飛鳥井建設に汚名を着せて……潰そうとした オレはアイツを潰す為に駒を放った ………結果……駒は……殺された…… 仇は取るつもりだったが、アイツは愛染明王に守護されて……手が出せなかった……」 「………と言う事は……目的は同じ……と言う事ですね?」 「だな!」 「アイツは外には……出ません 要塞のような家に籠もって外には出ません」 「押し入るしかねぇか?」 「衛星写真です 屋敷の庭にはドーベルマンを放って…… 罠も仕掛けてあるそうです……」 全貌も解らないから…… 「正攻法で入るのも無理 押し入るのも無理……為す術はねぇって事か?」 「やれる限りの事はやってみた…… だがあの門は開かれる事はない…… この衛星写真を見ても解る様に、門から家までの距離にドーベルマンを放ってある 忍び込んでも家まで辿りつくのは皆無 空から押し入ろうにも……窓には総て鉄格子がしてある 屋根に降りた瞬間……解る様になってて…… 犬の餌になるしかねぇ……」 何人の死者をだしか…… その顔には苦悩が滲み出ていた 「自衛隊を退役した強者でも……犬の餌行きになった……」 だから……あぁして見張るしか為す術はない…… と一廼穂は告げた 康太は思案した 「釈迦……向こうはオレが来るのを知ってるんだよな?」 釈迦……と言う言葉に一廼穂はギョッとした顔になった 『そうじゃ!向こうはお主が来るのを予見して隠れておる…… その癖……楽しみが増えたと……司命を嬲り殺そうと楽しんでいる……』 「アイツはオレも嬲り殺してぇんだろうな…」 『そうはさせぬ! お主には指一本触れさせはせぬ!』 怒気を含んだ釈迦の声が部屋に響いた 姿はないが…… その声は確かに存在感を示し…… 逝く道を指し示していた 「なら正攻法で玄関から逝くとするわ!」 康太が言うと一廼穂は 「衛藤を連れて行くと良い」と懐刀を差し出すと言った 「衛藤、真贋と共に逝き……盾になり守り通してくれ!」 と衛藤に命じた 衛藤は「はいっ!承知しました!」と立ち上がった 康太は立ち上がった 「んじゃ、逝くとするか!」 康太が立つと、弥勒は姿を消した 榊原は康太の直ぐ後ろに立ち、慎一と一生も続いた 衛藤が組の者を伴って続き…… 外へと向かった 外に逝き、車に乗り込むと笛吹の要塞へと向かった 康太は不敵に果てを見ながら嗤っていた 髪が風もないのに靡いていた 「八雲、高坂、水野……お前達の墓前に…… やっとこさ報告出来るかもな……」 長い月日……… 無念な想いで過ごした その敵が……やっと討てる 康太は駒を想っていた 自分の命令で命を落とさせた駒を想っていた

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