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安心できる場所(3)
声の主が彰史さんだと知り、もう朝になったのかとこしこしと目を擦る僕。
僕が占領していたベッドの端に座っていた彰史さんは手に持っているスマートフォンをジャケットの胸ポケットに入れると、優しく僕の髪を撫でて
「俺はちょっと出掛けるけど、夜明けにはまだ早い。もう少し眠るといい」
「解りました。気を付けて、いってらっしゃい」
僕がそう言うと、彰史さんはふうわりと微笑 って
「いってきます」
と、額に軽い口付けを落として部屋を出て行った。
残された僕は、眠気なんか既に遥か遠くへ飛んで行った状態で、自分の身に何が起きたのか理解するまで茫然とし、理解した後は茹で蛸のように顔を真っ赤に染め、早鐘のように鳴る心臓を宥めるのが精一杯だった。
◆◇◆◇◆
そして夜が明け、もうすぐ昼になろうとする頃、彰史さんは戻って来た。
女性を一人伴って。
「九條さん。この方は……?」
誰だろうと思いつつ、ペコリと頭を下げる僕。
歳は……僕と同じくらい? ううん。ちょっと上かな?
ショートヘアが似合っててすごく綺麗な人。
あまり不躾にならないようにしながら彼女を見る僕は、彰史さんの言葉に耳を疑うこととなった。
「こいつは弟の将希 」
「えっ? 弟?」
一呼吸置いて、まじまじと将希さんを凝視する。
「ええ!? 女の人じゃないんですか!? だって、こんな綺麗なのに……勿体ない……」
「その言葉、そっくりあんたに返していい?」
将希さんの声は確かに低く、少年のものでしかなくて。
僕と将希さんのやり取りを横で聞いていた彰史さんは可笑しそうに笑っていた。
◆◇◆◇◆
「どう……ですか?」
市内のショッピングモールの一角。
主にカジュアルな洋服を取り扱っていることで有名な某ブランドの店の中に今、僕達はいた。
「よく似合ってるよ」
「まだ買うのか……?」
笑顔で僕の格好を誉めてくれる彰史さんと、両手に紙袋を持ちうんざりした顔で言う将希さん。
「あ、すみません。あの、やっぱりもうこれはいいです」
将希さんの両手に紙袋が三袋ずつ。
計六袋の中身は全て、僕の洋服。
女の子じゃないんだから、とりあえずの着替えがあれば事足りるだろう。
「駄目だよ。もう二、三着は買わないと」
「兄貴……。水月の財布の事情も考えてやれよ」
呆れたように将希さんが言う。
そうなんだよね。
一応、紅龍から持たされたお金はあるけど、それは決して大きな額じゃないから、無駄遣いは出来ないと改めて思う。
「大丈夫。俺のところで働いてくれるんだから、その分の給料は払うよ」
と、彰史さんの答えが返ってきた。
(本当にこのまま彼のところにお世話になってもいいのかな……?)
僕は迷っている。
もっと遠くに逃げた方がいいんじゃないか。
此処にいたらあの人に見つかる確率はすごく高くなる。
せめて横浜を出て、何処か知らない町に行くとかした方がいいんじゃないか。
でも、彰史さんの傍は居心地が良くて、もう少しだけ此処にいたいって思ってしまう……。
相反する二つの気持ちのあいだで揺れている僕の心。
僕はどうしたらいいんだろう。
溜め息が零れた。
「疲れたか?」
そう言って彰史さんは、そっと僕の頭を撫でる。
「いえ……、そういう訳じゃないんです」
僕の溜め息を疲れたからと思ったらしい彰史さんに否と答えて
「僕、本当に九條さんの家にお世話になってもいいのかなって思って」
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