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第91話 カクライ先輩の涙
「あんなにチビデブで人の後ろに隠れてたようなお前が、まさかこんなゲスなことするなんてな」
聖先輩はふと、スマホを握り締めてビクビクと肩を震わせている男の側に寄り、そいつの手からスマホを取り上げ、加倉井先輩の膝の上へ投げた。
「消せ。今すぐ。一つ残らず」
加倉井先輩は言われてもしばらく動こうとしなかったが、聖先輩がまた無言の圧力をかけるようにジッと見下すと、ようやく我に帰ったようにスマホを操作し始めた。
画面を覗き込んでいたが、ちゃんと消去されているようで安心した。
加倉井先輩が一通り操作し終えたタイミングを見計らって、「どうして、こんなことをしたんだ」と歩太先輩が声を掛けた。
加倉井先輩は、余計に体を小さくしていた。中学の頃の先輩を知らないけど、人の後ろに隠れていたその頃の先輩をなんとなく彷彿とさせるようだった。まるで子供のように、「だって……!」と切り出した。
「だって聖先輩が悪いんじゃないですか! 俺のこと、全然覚えてなかった……!」
頭を抱える加倉井先輩を尻目に、聖先輩は歩太先輩と顔を見合わせてからちょっと頭を下げた。
「いや、それは悪かったけど、誰だって気付かないだろ、そんなに変わってたら」
「好きでいていいって、あの時言ってくれたじゃないすか!」
ん? と小首を傾げる聖先輩は、今度は乙葉の方を見る。助けを求めるようにジッと見つめているけど、乙葉も、自分もよく分かりませんという風に首を横に振った。
あの時って何だ? とぼくも色々と思考を巡らすが、何がなんだか判らない。加倉井先輩以外のここにいる全員がキョトンとしていたら、加倉井先輩の目に涙がじんわり溜まっていたのに気付いてしまった。
うわー、泣いちゃってるよ。大丈夫かな。
加倉井先輩は自ら語り始めた。
「俺が上級生から嫌がらせを受けた時、聖先輩が助けてくれて、俺本当に嬉しかったんです。俺を助けたせいで一週間の停学処分になっちゃったのに、聖先輩は全然気にしてないって言ってくれて。あの時、聖先輩のことを好きになったんです。『聖先輩のこと、好きでいていいですか』って訊いたら『好きでいて、いいよ』って言ってくれたから! だから先輩のことを追いかけてこの学園に入ったのに!」
ドン、と壁を拳で強く叩く加倉井先輩。悔しさや切なさでいっぱいな表情をさせているが、聖先輩の表情は変わらない。というかまた小首を傾げている。
うわー、絶対ピンと来てないよあのクーデレ先輩。
「自分の容姿に自信が持てるようになったら、告白しようって決めてたんです。部活を引退してからもダイエットやトレーニングをますます頑張って、聖先輩を驚かせようとずっと努力してたのに、入学してすぐに聖先輩のところにいって声を掛けたら……『誰? お前』って……」
ますます涙を溢れさせる加倉井先輩を不憫に思ってしまう。
聖先輩は加倉井先輩とこの学園内で、しっかり会話していたのだ。
しかし当の本人は、やはり納得いっていない様子だ。聖先輩は思い出そうとしているのか、眉根を寄せながら腕組みをし、うんうんと唸っている。
努力をしたって、結局報われない。
それはさっき、加倉井先輩が自ら言っていた言葉だ。
喜んでもらえると思っていた矢先に「誰?」と言われるその仕打ち。
さらにぼくが一緒にいるところを見て納得行かずにぼくにこんなことをした加倉井先輩の気持ちが十分伝わってきて、この人はそんなに悪い人じゃないんじゃないかなと思い始めた。もちろん、ぼくをまわそうとした事は決して良いアイデアでは無いけれど。
「聖、今の話は本当なのか?」
歩太先輩は、聖先輩に問う。
聖先輩は少し間を置いてから顔を上げた。
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