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第93話 本当に好きな人

「先輩……っ、痛い」  抗議しようが、何度も転びそうになろうが、ぼくを掴む聖先輩の手の力と歩くスピードは弱まらない。  それだけでもう、相当機嫌を悪くしているっていうのが分かる。  聖先輩の右手には、先ほど歩太先輩から預かった…というか無理やり借りてきた生徒会室のキーがある。  どうしてそんな場所にぼくを連れていこうとしてるんだろう。話し合うにしても、他にいくらでも場所はあるのに。  しかし、そこを選んだ理由はその後すぐに判明することとなる。  生徒会室の鍵穴に鍵をさして回した聖先輩は、ドアを開けたかと思ったら、中に投げ入れるかのようにぼくの背中を乱暴に押した。  ぼくは目の前にあった大きめの机の端に手を付き、振り返って文句を言った。 「あ、危ないじゃないですか」  ガチャ、と内側の鍵を掛けられる。  先輩は何も言わない。冷淡な瞳だ。  何か言ってほしい。けど、何も聞きたく無い。  そんな矛盾したぼくの気持ちを見透かしたみたいに、聖先輩は鼻で笑った。 「すぐ終わるから、安心しろよ」  ……すぐ終わるって?  そう思った瞬間、先輩に背後から押し倒された。  机の上に上半身だけ乗せている状態になり、両足が少しだけ宙に浮く。  先輩に両手首を押さえられて、机と先輩の体に挟まれたぼくの体は身動きが取れない。  まさか、こんな所でいけない事でも始めるんじゃ……  そんな事を予想して、でもそうなったらなったでしょうがないかも、だなんて思った自分はやっぱり馬鹿だった。 「……本当に好きな奴の机の上に寝転がされる気分はどうだ?」  耳元で囁かれて、心臓がぎゅっと鷲掴みされたような感覚になる。  この机は、会長である歩太先輩が使っている。  ぼくはカラカラに乾いた喉を少しでも潤そうと、生唾をごくりと飲み込んだ。 「……ほんとうに……好きな奴って……」  確認するように、自分でもその言葉を反芻した。  ぼくはぐるぐると訳もなく視線を彷徨わせる。  ──知っていた? ぼくが、元々は歩太先輩が好き『だった』ということ。 「あの……っ、それ、気付いてたんですか? ぼくが保健室で告白した時から……?」 「普通だったら、あれは歩太に告白してるって誰でも分かるだろ」  馬鹿か、と聖先輩は吐き捨てるように言う。  今のは、照れているから言ったんじゃない。その言葉通り、本当にぼくに呆れたような口ぶりだった。

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