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第94話 冷たい先輩

「なっ……どうして? 聖先輩、嘘吐いてたんですかっ? ぼくが歩太先輩に向けて告白してるって分かってて、ぼくと付き合うって……」 「お前だって同じだろ。俺が勘違いしてるって気付いてたのに、何も言ってこなかった」 「だっ、だってそれは……!」 「今までお前に合わせてやってたんだよ。ちょっと面白そうだから、からかってやっただけ。暇つぶしにちょうど良かった」 「……は?」  今すぐ振り返って、聖先輩の目をちゃんと見て文句を言ってやりたい、と思ったけど、『暇つぶし』というワードに過剰に反応したぼくは、視界が暗くなっていくのを感じた。  暇つぶし? 今までの、聖先輩の家でキスしたことや、学校でこっそりヌかれたこと。ぼくのことが好きでしょうがないって思わされるような行動も全部、からかっていたっていうの?  ……そこに、聖先輩の愛情は、これっぽっちも無かったの? 「あともう一つ、勘違いしてるみたいだから教えておいてやる」  何ですか、と声に出すよりも先に先輩が続けた。 「歩太の好きな奴は、お前じゃなくて、俺だよ」 「……えっ⁈」 「お前が土曜日、保健室から出て行った後に告白された。まぁ、普通に振ったけど」  あの後、二人はそんなことにっ?  いや待て、これもぼくをからかっているんでしょ? だって歩太先輩の好きな人って、笑顔が可愛くて面白い奴だって── 「俺はずっとあいつの気持ちに気付いてた。いつもなんとなく、視線が刺さるっていうか。けどずっと、知らないフリしてた。保健室でお前の体を見て、キスマークを付けたのは俺だって分かったらカッとなったみたいだ。怖がらせて悪かったって歩太は言ってた」  あの時、歩太先輩はぼくの体に触れた。  これは単なる想像だけど、あれはきっと、聖先輩の気持ちが自分には向かないと分かってた上での行動なのだろう。  嫌悪や嫉妬。  やり場のない悲しみから、ほんとうに唇でキスマークを消してしまおうと思ったのかもしれない。  歩太先輩の好きな人は、ぼくじゃなかった。  そう分かったっていうのにどうしてだろう。  そう聞いても全然悲しくない。  今は、こうして冷たく固い机の上にうつ伏せで押さえつけられ、さらに聖先輩の声が硬くて機械的な方が悲しい。

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