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第95話 消去

「まぁでも、歩太はいい奴だよ。面倒見いいしな。お前が好きになるのも納得だよ」  痛い。鳩尾が机の出っ張りに食い込んで息ができない。  胸も、心も痛い。   「あっ! あのっ、聖先輩っ」  横向きになりながら、ぼくは声を振り絞る。  ちゃんと繋ぎ止めておかないと。風船の紐をしっかり持っていないと、あっという間に手の届かないところまで飛んでいってしまう。 「き、訊いてもいいですかっ」  先輩の返事はなかったが、ぼくは構わず続けた。 「ぼくのこと、本当にからかってただけなんですかっ? キスしたのも、エッチなことしたのも、全部暇つぶし?」 「……そうだよ。お前がいちいち馬鹿みたいに過剰に反応するから、面白くなってただけ。けどそれも、もういいかなって」  先輩の片手が引っ込んでいったが、ぼくは起き上がることができなかった。目の奥がじんわりと熱くなってきたのだ。  考えたくはないけど、聖先輩はたぶん、ぼくと別れようとしている。  そして聖先輩は、ぼくのことなんてこれっぽっちも好きじゃなかった。  瞬きをしまい、とわざと目を見開いて唇を噛んだ。  いま瞬かせたらその反動で涙を弾けさせてしまう。  聖先輩は、ぼくの目の前に自らのスマホの画面を向けた。  ぼくは息を飲む。  ぼくの名前と連絡先が表示されていた。  いやだ。お願いだから、消さないで。 「お前と俺は、出会ってない。会話もしたことない。名前も知らない」  虚しくも、画面からぼくの名前が消えた。  消去されたのだ、完全に。スマホからも、先輩の頭の中からも。  伝えたいのに。ぼくの今の好きな人は、聖先輩なんだって。でも声帯が取られちゃったみたいに声が発せない。 「少しの間だったけど楽しかった。付き合えるかどうかは知らないけど、歩太と仲良くやれよ」  聖先輩はぼくの上から体を退けて、生徒会室の鍵を机の上に置いた。  ドアの方に向かう聖先輩を視界の隅に捉えても、ぼくはずっとそっちを向けなかった。 「じゃあな………雫」

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