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第96話 歩太先輩の優しさ

 ぼくは茫然としたまま、床にへたれこんでいた。  それからどれくらいの時が経っただろう。  気がつけば、歩太先輩がドアから顔を覗かせていた。  放心状態だったぼくに声を掛けてくれて、一緒に生徒会室を出た。  ぼくの目が腫れているのには気付いているだろうが、歩太先輩はそれにあえて触れようとはしなかった。 「乙葉はバイトがあるからって言って先に帰ったよ。ごめんって謝ってた」 「……いえ、そんな、大丈夫です……」  ぐす、と鼻を啜ると、歩太先輩は気遣うように笑って、こちらにポケットティッシュを差し出してくれた。 「鼻、かむか? あと、とりあえず座って落ち着こうか」  促されるまま、ピロティにあるベンチに座らされた。  ティッシュで鼻をかんでいたら、今度はペットボトルを差し出された。そこの自販機で買ってきてくれたみたいだ。 「すみません、いただきます……」  喉は乾いていたので、遠慮なくキャップを開けて液体を流し込む。  勢いよく飲んだせいで炭酸が喉を刺激して、激しく咳き込んでしまった。 「大丈夫? 小峰はほんと、おっちょこちょいだなぁ」  歩太先輩は優しく、ぼくの背中を叩いてくれている。  それだけでまた、じんわりと涙が滲んでしまう。  聖先輩の家でもサイダーを飲んだ。  告白をしてしまったあの日。  そうだ、ぼくはおっちょこちょいどころか大馬鹿野郎なのだ。  あの聖先輩が、告白の相手は自分じゃないだなんてこと、気付かないわけがないのだ。  初めにちゃんと断っておけば、ぼくの存在を消去されずに済んだのかもしれないのに、ぼくは取り返しのつかない事をしてしまったのだ。 「聖から聞いたか? 俺の好きな……『好きだった』奴」  言い直した歩太先輩は、困ったように笑っていた。ぼくと聖先輩が何を話していたのかは、なんとなくお見通しなのだろう。 「はい……好きだったって、歩太先輩、もう聖先輩の事好きじゃなくなったんですか」 「はは。そんなにすぐには無理だけど、こう言ってた方が吹っ切れるかなぁと思って。ほら、言霊ってあるって言うし」 「……」 「小峰、俺に告白しようとして、間違えて聖にしたんだって?」 「えっ」  改めて本人からそう言われると照れてしまう。  ぼくは緊張のあまり、体を硬くする。  しかし歩太先輩は、ぼくとは対照的に明るく穏やかに接してくれた。 「あいつと付き合うのって結構大変だったろ?」 「え……あぁ、まぁそうですね……自分勝手なところがありましたし……」  過去形になってしまったのが、どうしようもなく辛い。

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