98 / 111
第98話 聖先輩との思い出
今日は小さなライブハウスではなく、一万人ほどが入る大きな会場でライブが開催される。
開演までは二時間以上あるのに、会場の周りはすでにファンでいっぱいだ。今回のみ限定販売のTシャツをゲットするべく、ぼくは歩太先輩と一緒に物販の最後尾に並んだ。
「小峰にも並んでもらっちゃって悪いな」
「いえいえ、全然。ぼく、熱心に追いかけてるアイドルとかグループって特にいないから、こういう場所に来るのは新鮮で。嬉しいです」
長蛇の列で、いつ順番が回ってくるのかは分からない。買えた後で場所を移動して、一度お茶でもしようかという話になった。
歩太先輩はスマホを見ながら、近くの店舗を検索してくれている。
「少し歩くけどあるにはあるな。もし混雑していて入れなかったらテイクアウトにして適当に散歩してもいいし」
見せてもらったのは全国展開しているチェーン店のカフェだった。
その名前を見て、懐かしさを覚えた。
「あぁ、ここ、前も歩太先輩とライブ後に行きましたよね。それで聖先輩とバッタリ会って、その時ぼく、歩太先輩がアイドルオタクだってバレちゃいけないって思って必死に言い訳して……」
ふと、何言ってるんだろうと気づいて、ぼくは唇の動きを止めた。
歩太先輩はにこりとしたままだが、それがぼくに気を遣っているように見えて冷や汗が出る。
「あぁ、いえ、あの時も、ライブすごく楽しかったです。今回は新しいアルバムの曲をやるんですかね。先輩はどの曲が好きですか」
ぼくは無理やり歩太先輩に話題を振った。
先輩は得意気に曲について熱く語ってくれたので相槌を打っていたけど、その半分も耳に入っていなかった。
ぼくの事を消去した人の事で頭がいっぱいだった。
あの時。カフェで始めて会った時。ぼくよりも遥かに背が高くて顎を持ち上げて見上げた事。無愛想だけどイケメンだなと思った事。
本当にぼく、もうあの人と目を合わせる事はないの?
だったらなんで、あんな風にぼくの肌に触れてきたの?
気を張っていないと、くずおれて涙を流してしまいそうだったので、歩太先輩にバレないように奥歯をぎゅっと噛み締めていた。
無事にグッズを購入出来た頃にはすでに開演まであまり時間がなかったので、結局そのまま会場に入ることになった。
ともだちにシェアしよう!