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第104話 隣にいて。
けれどあのままキスをし続けていたら、ブレーキが効かなくなってあの場で始まっちゃってたかも。
汗だくだったし、一旦冷静になれて結果良かったのかもしれない。
なんだか言い訳にも聞こえるけどそんな風に思っていたら、ふいにドアが開いた。
「なんか、食うか?」
「いえ、大丈夫です。こうやって横になってたら、随分と良くなりましたから」
ぼくが上半身を起き上がらせようとしたら、聖先輩は「そのまま寝てろ」と自らもベッドの淵に腰掛けて、ぼくに背中を向けた。
お言葉に甘えて寝転がったまま、タオルケットで顔の半分を隠しながら聖先輩をこっそり盗み見る。
聖先輩のお風呂上がりを見るのは、これが二回目だ。
いつもはふんわりと絹のように柔らかそうな蜂蜜色の髪が、ぺったりと肌に張り付いている。先輩が首にかけたタオルで頭をゴシゴシと拭いているのがとてもセクシーで、またぼくの体温が上がった。
(もしかして……この後……)
パンにはバター、とすぐに結びつくように、この後の流れを自然と頭の中で結びつけた。
お風呂上がり、両想い、部屋に二人きり。そんなの、することなんて一つ。
きっと聖先輩だって、どんな風に始めようか逡巡しているに違いない。
なのに先輩は、しばらく無言でいたかと思ったら急に立ち上がってしまった。
「このまま、ここで寝てていいから。一応家には連絡しておけよ。明日の昼前には出なくちゃならないから、それまでゆっくりしていけ」
ごく普通に部屋を出て行こうとしたので、ぼくはバッと起き上がって聖先輩のTシャツの裾を掴んだ。
「どっ、どこいくんですか」
「どこって、リビング」
「ぼくを置いて?!」
唇を噛みながら潤んだ瞳でじっと見つめると、聖先輩はふいに視線を逸らして「馬鹿か」と呟いた。
「具合悪いんだから寝てろ。俺がいたら気遣うだろ」
「大丈夫です! もう良くなりましたから」
「嘘つけ。というかお前、その手を離せ。煽ってくるなよ」
「えっ?」
煽る? ぼくは今煽っているのだろうか?
だって寂しいんだ。せっかく聖先輩の部屋にいるのに、聖先輩が隣にいないだなんて。
聖先輩も、睫毛を何度も揺らしながら困っている様子だった。ぼくと目をなかなか合わせようとしない。
なんだろう、ぼくと偽りのお付き合いを始めた頃は、自分勝手でエロすぎて困ったくらいなのに。あの時の猪突猛進な彼と目の前のこの人は本当に同一人物なのか疑いたくなるくらい、うぶ過ぎる。
キョトンとしていたら、ようやくこっちを見てくれた。
「ダメだ、やっぱり。一緒にいたらお前の事、めちゃくちゃにしたくなる」
「……!」
「たぶん、理性が効かなくなる。今までよりももっともっと、鳴かせたくなる。お前が悪いんだ、俺のジャージ来て、そんな熱っぽい目で俺を見てくるから。心臓に悪い。マジでやめろ」
聖先輩は早口で一気に言ったので、ぼくは怒られているのか褒められているのか分からなくなった。
ただ分かったことは一つ。先輩もきっと、同じ事を考えてくれているということ。
ぼくは思わずぶふっと吹き出してしまった。
「聖先輩にだったら、何されても大丈夫です」
これは、本音。
きっとこの人だったら大丈夫。心からそう思えた。
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