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第110話 『しずく』2

 ぼくは勢いよく聖先輩に顔を向ける。  鬼の形相で見たからか、聖先輩はまた体を萎縮させた。 「なんだよ、だから悪かったって言ってるだろ」 「じゃなくて! 聖先輩、もう卒業しちゃうなって思って!」 「は? まだ半年以上あるだろ」 「もう半年しかないですよっ! 先輩と一緒にいられるのは!」  学園で先輩といられるのはあと半年しかないだなんて。  改めて二歳差を恨んだ。  頭を抱えていると、聖先輩はぼくの鼻の頭を摘んだ。 「お前は、俺が高校卒業したらこの関係も解消されると思ってるのか」 「へっ?! いえ、誤解です! そんな事思ってないです!」 「大学は、ここから通えるところにする予定だから。いつでも会えるだろ」 「え、そうなんですか」 「というかそんな先のことまで考えてるのか、俺たちは。まだ二人きりでデートだってしたことないくせに」  面映ゆい気持ちで、お互い少々黙り込む。  バスケを教えてもらったり、一緒にご飯を食べたりしたけど、言われたように二人きりでどこかへ遊びにいったりしたことは無い。先走りすぎた。 「すみません。聖先輩が好きって言ってくれたから、ちょっと舞い上がっちゃって」 「……まぁ、俺は、嬉しいけどな。なんだかんだ言って、お前とは長く付き合えそうな気がするし」  顔を背けて、きゅっと唇を噛む聖先輩。  あぁ、このお尻が使い物になれば、もうワンラウンド行きたいところだけど、さすがに今度は流血騒ぎになるだろうからやめておこう。  聖先輩が徐に立ち上がり、ぼくの皿も合わせてシンクへ持っていってくれた。  聖先輩がスポンジで皿を洗い、ぼくが濯いで水切り籠に入れていく。  全て洗い終えてから二人で布巾で皿を拭いた。 「そういえば今更だけど、負傷した手首はもうなんともないのか」 「はい、もうすっかり」 「そうか。あの時体当たりされなければ、あのシュートは間違いなく入ってた。フォームがすごく綺麗だったから」 「えっ、本当ですか」 「残念だったな。まぁでも、練習はよく頑張ってたよ」    聖先輩に褒められると、くすぐったい気持ちになる。  えへへ、と乙女みたいに花を散らしている最中、またハッと気づいて先輩に問いかけた。 「そういえば聖先輩、ぼくが点を決められなかったらお願い事を一つ聞くって約束でしたけど、それって何をお願いしようとしてたんですか?」  今更無理難題を言われても叶えられる気はしないけど、一応訊いてみる。  聖先輩は「あぁ……」となぜかクスクスと笑って、最後の皿を食器棚に仕舞った。 「それ、もう勝手に叶えさせてもらったから」 「え? そうなんですか?」 「うん。……お前を、『雫』って呼ぶこと」  * * *

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