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伝説となった戦いの話
遥か昔、天上の世界に住む魔族と白狼族。鷹族。仙人達を巻き込んだ大きな戦いがあった。
天と地を大きく揺るがす事となったその戦いは数年にもわたり、皆が傷つき同胞を一匹、
また一匹と失っていった。
やがて魔族が優勢になりつつあった事を危惧した三仙は白狼族の長、鷹族の長、人族の長と共闘を結び、互いの法力とその血を縁としてある太刀を生み出した。
『その刀は持ち主を自ら探して名を呼ぶ。
刀と力を合わせ共闘する事によって秘めた力はやがて強大なものへと変化するだろう。
刺した相手が誰であったとしても、刺されたその者の姿は華となり、花びらに姿を変え、やがて砂のように溶けゆく』
はたと見ればただの柄にしか見えない。
刃の見えない柄のみがフワフワと浮かぶその太刀を前にして、三名の仙はただ黙って息を飲んでいた。橙色に光る太刀の切っ先から垣間見える水の色彩を前にして、珞はずっと肩を落としたままだった。
「気が進まないといった表情をしているな。珞」
鬼灯が問う。視界を治癒の布で覆っている為、視線を読むことは難しいものの、珞を気遣う様子が痛いほどに伝わって来る。その気遣いに彼は重く怠い息を吐いた。
「・・・それは、皆もそうでしょう・・彼は・・仲間だった・・」
「だがもう仲間じゃない。・・諦めろ」
「・・・・・・・・」
「忘れなければ・・」
「「え?」」
海凜の呟いた声が風に溶ける。水に覆われた彼の瞳が透明に揺らいだ。
「忘れなければ、良いんです。私はそう思います。誰だって、こんな事したいわけじゃない。四仙を三つに割るなんて・・・本来ならしたくなかった」
「海凜・・」
「きっと彼はこの先もずっと悪く言われるでしょう。紡いだ言の葉に尾ひれがついて、要らぬことまで付けられて、」
寂しく悲しい風が吹き抜ける。落ちた葉が風に乗って空へと舞い上がろうとしている。
「・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「でも、止めなきゃいけない。他の誰よりも、彼をよく知る私たちが。でないと終わらない」
「・・・・・・」
「・・・・・・・・」
「だけど、忘れたくない。だから、私達だけは覚えておきませんか?彼がどんな仙で、どのような気持ちでこの戦いを引き起こそうとしたのか。彼の笑顔もその眼差しも・・」
「海凜・・」
「私は・・・彼の大きな手が、凄く好きだった。すごく、好きだったんです」
長く艶のある黒い髪も、豪快に笑うその表情も、明るく張りのあるその声も。
自分に無いものを全て持っている彼が眩しくて。
不器用で敵しか増やせなかった自分に温かさと優しさを惜しみなく与えてくれた。
「お前は美しいな。海凜」
「・・・なんです?急に・・ん?」
「お前の瞳は透明な水のように澄んでいて、澱みがない」
「~っつ!・・・そっ・・そんな事を言うのは貴方くらいなものですっ・・!」
「そうか、それでは毎日伝えねばな」
そう言って彼は伏し目がちに笑った。その表情が優しくて。
「・・・何故です?」
「ん?」
「一度耳にしているのですから、そう何度も伝える必要はないでしょう?」
「そうか?私はそう思わない」
「・・?」
「想いとは、伝えるためにあるものだ。言葉とはその為にあると私は思っている。伝えねば、相手の胸には届かない。一度で響かないのであれば、二度伝える。それで届かねば全身で表し、毎朝毎夜伝えるまで」
「・・・っ」
「だから、お前が私の想いに壁を作らなくなるまで、ずっと側にいて伝えてやる」
「・・・・ぅ」
紡いだ言葉の一つ一つが優しくて、温かかった。
『忘れられる、わけがない』
・・好きだった。道を違えてもずっと、その気持ちが揺らいだことは一度も無かった。
眼前が、じわりとぶれる。胸の奥が刺されたように抉られて、貫かれたままの息苦しさを感じながら俯く彼を背後から支えるように、鬼灯と珞が彼の肩に互いに手を回し前を見た。
「行こう。そして、決着をつけよう」
「そうだ、そして背負おう。誰がじゃなく背負うなら我ら三仙がいい」
「・・・・・・・・・・・」
不思議な技を秘めた太刀は、山をも貫き海を割るという強大な力を持って、三名の長の合わせた願いと共に魔族の全てを焼き払い封印した。
・・・はずだった。
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