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伝説となった戦いの話-2

「・・・・・・・・・・」 命の灯が消えゆこうとしたその刹那、三名の仙が立つその地にて、魔族の長は狼国の外れにて横たわったままの姿勢で、天を仰ぎ、時折、地に視線を向けていた。 貫かれた腹部からはとめどなく血が流れ、砂を掴もうにも込み上げてくる腕の痺れが邪魔をして、指を上手く動かすことが出来ないままだ。 『・・・持って数分と言ったところか・・・ざまぁない・・』 昔から共に笑い、遊んだ仲だ。何処で道を違えたのかすら、もう思い出せない。 すべての想いは幻想となってやがて溶けゆくだろう。しかし・・。 「・・・このままでは・・終わらさん・・・」 朦朧とする意識を振り絞りながら、伏していた重い肉体を持ちあげるように彼はゆっくりと起き上がった。関節を動かす度に肉体が軋み、悲鳴を上げているのが直に伝わって来る。 「・・ぐっ・・・はっ!」 ぼたぼたと黒く赤い血が地面へと吸い込まれていくのを伏し目に追いながら、彼はひゅーひゅーと息を何度も吐くと仁王立ちの姿勢になり、目を閉じて呼吸を整え始めた。 「・・・・・・・・・ふうー・・っ」 ドクンドクンと脈打つ心音に合わせて、彼はゆっくりと大地の息吹を感じるように何度も息を吸い吐いている。 初めは昂ぶっていたはずの肉体と気性が、段々と落ち着いたものへと変化していく様を感じる度に湧きあがって来る高揚感。 ひび割れた鎧の隙間から流れ出る血も何処か今は心地良く、全てが穏やかだった。 「・・・・・・・・・・」 何がきっかけで戦いが始まったのかすら、もう忘れてしまった。 だが・・・。 「・・・・・・・・」 閉じていた瞼をゆっくりと持ち上げる。眼前に視線を向ければ、こちらを心配そうに見つめる海凜と目が合った。 「・・・っ・・」 『今にもこちらに来そうだな・・・なんて表情(かお)をしてるんだ』 「・・・・・・・・」 攻撃を受けた側が苦しむのは理解が出来る。だがこの地はまるで真逆だった。 珞、鬼灯、海凜。 彼ら三仙の表情は暗く、何かを堪えているような表情が印象的だった。 「・・・相変わらずだな・・貴様たちは・・相変わらず、甘い」 「・・っ・・・――!!」 名を叫びながらこちらに向かって手を伸ばし、駆け寄ろうとする海凜を必死に止める鬼灯と珞の姿を前に、彼はカッと大きく両目を見開くと全ての力を開放した。 爆音と共にはじけ飛ぶ鎧と血肉の残骸が四方に飛び散る様を見て、三仙共に声を出すことは出来なかった。 誰かの手ではなく、彼自身が自らの手で果てる道を選ぶと分かっていたはずなのに。 必死に抑え込む珞と鬼灯の腕の中で海凜はただ叫んだ。 声の許す限り。力の限り駆け寄ってもう一度、その身に触れたいと思っていた。 そんな願いも、今までの想いも全て。 見開いた瞳の先が潤んで溢れる。その衝動をどうする事も出来ないまま、海凜はただ、彼の名を叫び続けた。 珞と鬼灯が自身を呼ぶその声も耳に届かないまま・・。 「――っ!!」 肉体が沸騰する。沸々と湧き上がる灼熱の業火が彼の身を貫き、それらはやがて黒い霧となって 「けして消えぬ。私の血と共に唱えた呪は砂に乗り雨露と共に土の奥へと沈み、やがて根を張るだろう。その地に住まう者どもよ・・我が同胞たちの無念。我が怨念を受けよ」 と言い残して、光の前に封印されてしまったのだった。 誰もが伝説だと思っていた。 それは遥か昔から伝わる作り話であると思い込んでいた。 まさかその大戦が現実に起こっていたなんて、想像すらしていなかったのだ。 唱えた呪いは長い年月とともに形を成し、やがてその姿を現し始めた。

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