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伝説となった戦いと旅客団のはなし
今から百年ほど昔、狼 国が現在のように分断されておらず、王が代々皇帝となって国を治めていた頃の事だ。
この頃、原因不明の奇病が蔓延し、それらは瞬く間に全土へと広まった。
その奇病についてだが、ある者は肉体から木が生えたような姿で。
またある者は肉体から氷晶が。
またある者は砂の如く触れると溶け、またある者は炎に包まれながら母の胎内から産み落とされた後、肉体の一部が透けた者もいたという。
そういった症状を持つ者に少しでも触れてしまうと同じように感染する。
もしくは触れた患部を中心に肉体が腐敗し、やがて石のように固まってしまう民が続出し、たちまち国は大混乱に陥った。
勿論、国も何もしていなかったわけではない。
国中から医師を集め、何とかその病を止めようと躍起になっていたのは事実だった。
だが、不運にも医師から先に感染してしまい、飢饉とも流行病とも違うその現実に解決策を見出すことが出来ないまま、時間だけが空しく過ぎていってしまった。
その中で、外見に症状が現れる事無く成長する者も僅かではあるが存在することが判明した。
当然、その現実を前にして民衆も役人も頭を抱えてしまった。
何せ、症状のある者と無い者を隣同士に立たせても、その違いが全く分からないのだ。
「・・・・どうすればいいのだ・・」
「・・・治療法としてはまだ未知ではあるが、血液を採取するというのはどうだろう?」
「針を刺したその後はどうする?埋めるわけにもいくまい」
「・・・ダメだ。我が国にはまだその技術が無い・・・」
「・・・どうすれば・・」
王宮お抱え医師を筆頭に結成された医師団が頭を抱えていたとしても現実は早々変わらない。こうなれば仕様がない。まずはどれほどの民が感染しているのか調べなくてはと、医師団が何組かに分かれ、各地に散らばる種族を調べる為の長い旅に出ることにした。
その後、北嶺と呼ばれる山脈を超えた先にある『キカ』という村にて、肉体に特殊な力を秘めたまま幼少の時期を過ぎると、その力が目に見える形で肉体に現れる民が存在する事が判明したのは彼らが長い旅に出て一年が経過した頃だった。
それを一体誰が発見したのか?
当然、周囲は騒然となったが、最初に発見したのが鼠国出身の旅客団と知るや、各地の諸侯が挙って鼠国に書状を出した。
勿論、彼らが発見したとされる民の情報を得るだ事が目的のひとつではあったのだが、鼠国の王は書状に目を通すと、各地に散らばる州候に命じ、旅客団を探し出すことにしたのだ。
そうして、ふた月かけて旅客団をまとめていた仂 と言う男性を探し出すと、諸侯と共に目にした光景の話を書状にまとめることにしたのである。
彼らは北嶺山 の麓にある山村から見える朝陽の前で願掛けを行うために狼国へと入国し、自分達の足で山を登り、下山の途中で立ち寄った『キカ』村にて何とも不思議な光景を目にしたという。
麓の山村を訪れた時の事を彼らは書物にこう記している。
『あれは、雪が絶えず降り続く十二の月の頃だったと思います。我々は狼国を訪れる為に正式な手続きを踏んだ上で、猪国を経由し、同国から狼国へと入る事が出来ました。
この頃、猪国の役人たちから、隣国はこことは違い荒れておりますからと厳重な装備をすることを勧められ、我ら旅客団十五名は腰に剣を差し、暗器を絶えず服の内側に忍ばせた状態で狼国へと足を踏み入れたのです。
馬を連れていたのですが、馬は危ない。あなた方が無事にここへ戻る頃にお返し申し上げると猪国の役人に説得され、我々は徒歩でこの国へと向かう事にしました。
国境の警備は厳しく、入国に多少の時間を要しましたが、それ以外は特に何も変わったことはなく、宿を取り夜に街へと出かけては登山に必要な物を補充して床へとついたのです。
踏み入れて数日は何も変わったことはなく、何とも気楽な旅でした。
狼国と豚国の国境に近い場所を進んでいたというのが、その理由だったのかもしれません。
しかし、七日を過ぎたあたりで状況は大きく変わってきました。
関所を抜け、北嶺山 目指して街道を南に向けて歩いていた頃、途中から道が舗装されていないことに気がつきました。
最初は舗装されていたであろう道が荒れ、左右からは裂けた枝葉と無造作に置かれた岩が我々の行く手を幾度も防ごうとするのです。
「おかしい。一昨年、ここを通った時はここは普通の街道だった。村人が何度も行き来し、その度に自分も頭を下げながら通っていたのだから間違いない」
「どういうことだ・・?」
「この先に村があるはずだ」
「村?」
「ああ。先住民が住んでいるんだ。耳は我らと違い獣の形をしているが気さくで楽しい。獣人が主に生活している。確か・・名前は」
そうまで言いかけた彼を同行していた仲間が止めたのはすぐ後の事でした。
「待て」
「!?」
「おかしい。誰の気配もしない。ここは村から山へと続く街道だろう?人の気配も鳥たちの気配もしない」
「言われてみればそうだ。獣はともかく、鳥がいない」
「・・・・警戒して進もう。賊が潜んでいるやもしれん」
全員差していた剣を抜き、警戒しながら前を進むこと二時間が経過した頃でしょうか。
集団の一人が物陰からある『声』を耳にして足を止めたのは、それからすぐの事でした。
「どうし・・」
「シッ」
「?」
「声がする」
そう言って彼は剣を手にしたまま、耳を澄ませると左側に視線を向け、我らに『しゃがめ』と合図をしたのです。
途端にピリピリとした緊張感がひた走り、当然、我らもそれに従い、耳を澄ますと、なるほど確かに、あちらこちらから妙な声が聞こえます。
全員、目で合図を配りながらその音と声に耳を澄ましてすぐ、『嗚呼・・』と目を閉じました。
塞がれたような声から聞こえる高い声と、多人数が動く物音。幼子の泣く声で状況を察した我らは中腰の体でそのまま道を進み、なるべく物音を立てずにその場を離れると、全員で息を吐いたのです。
「・・・助けた方が良かったのだろうか」
「・・いや。我らは剣を持ってはいるが多勢に無勢。賊を相手に我らでは不利だ」
「・・・あの調子では村も恐らくもう駄目だろう」
「馬を置いて正解だった。確かに馬を連れていたら今頃はどうなっていたか・・」
「治安は良くないと聞いてはいたが、こんな事が各地で起こっているのだとしたら・・」
「なるべく安全な道を通ろう。民が多く通る道を辿ってこのまま南を目指して進もう」
「そうだ。遥か向こうに見える北嶺山まで油断せず行こう」
そう決めた我らは時間がかかっても構わないからと、民が多く通る街道を目指して進み、そうして北嶺山へと辿り着くことができたのです。
北嶺山 は願掛けの山として知られ、朝陽を前に祈るとその願いが叶うとされている観光地です。毎年他国も含めて多くの民がその地を訪れ、祈りを山に捧げてきました。
北嶺山 の麓には数多くの村があり、季節を問わず登山客で埋め尽くされます。
観光地も兼ねているので治安も良く安全であるという事から、各地から山を目指す客の目印となっている場所でした。
我々はそこの村のひとつに逗留し、宿を取ったのですが一昨年に比べると活気は少なく、どの村人も下を向いて歩いていました。
思い返してみれば、すれ違う村人の顔も暗く活気が無いように見えた事から、私は気になっていたことを店主に尋ねてみる事にしたのです。
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