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伝説となった戦いと旅客団のはなし-2

店主から返ってきた言葉は『奇妙な病』の話でした。 何でも南と西、東の各地から奇病が蔓延し、村や州都を襲っているというではありませんか。 「そんな話・・聞いたこともない」 「道中、襲われている村は沢山見かけたけれど・・」 「そんなに奇妙な病であれば、我らの耳にも入っておかしくないのに」 ほっこりと温かい室内で鶏の肉が入った(スープ)を口にしながら、仲間が首を傾げると店主は 「そりゃそうでしょう。この村ではまだ感染者が出ていませんから。聞くところによるとその病は目に見える形で襲ってくるってんでさぁ、王都はてんやわんやの大騒ぎってぇ話です」 「ほぉ・・」 「お客さん方も気をつけて下さいよぉ・・なんでも薬がてんで効かねえってんで、患者の数が膨れ上がってるってぇ噂ですから」 「ああ。ありがとう」 「・・奇妙な話もあるものだ」 その話を耳にして半月、北嶺山へと登った我々は、道中、目にした数々の光景に成す術も無かった事。その病に苦しむ民の事。全てにおいての反省と道中の安全を祈願し、下山する事にしました。 下山してすぐの場所に『キカ』村があり、とりあえず宿を取ろうとその村に足を踏み入れて目にした光景は今も忘れることは出来ません。 崖に沿って立つ家々が特徴的なその村は、外界とは遮断された独自の雰囲気を持っており、 言葉が通じるか多少の不安はありましたが、村民は我らが北嶺山からの帰りだと分かるとどの方も温かく我々を迎えてくれたのです。 そのことに関して我々も感謝の念を惜しみませんでした。 ささやかな酒宴が開かれ、持っていた品を彼らに礼品として手渡し、彼らもまたこの地で獲れたキジや山羊の肉を使った料理だけでなく、山羊の熟成乳(チーズのような物)まで振る舞って下さり、それだけでなく鮮やかな刺繍の入った袍と帯を我々に手渡してくれました。 刺繍は鹿の角を模した物が多く、どの家々にも鹿の角を加工した物を軒先に飾ったり、道具として使用している光景をよく目にしていたことから、鹿について聞いてみたのですが、鹿は神聖な生き物で仙人の乗り物として重宝されている。 だから我々は落ちた角は拾い道具にするがけして獲ることはしない。と。 なるほどと思い、この場で鹿に出会うことが出来たらさぞかし幸運であろうと顔を右に向けた時の事です。 「・・・・・・・・」 その時の衝撃を、私は今でも忘れることが出来ません。 自由自在に植物を浮かし操る者。 水源から遠く離れた地であるのに、自由に水を出し手のひらを滝に変えてしまう者。 人差し指から炎を出すことで調理や野焼きに貢献する者と、人間とは思えない行動を、いとも簡単にやってのける民の姿がそこにはありました。 手のひらから溢れ出る花々は緩い風と共に甘い香りを我らに届けて下さり、火を使う者は人差し指から放たれる炎で肉や野菜の入った鍋を温め調理し、水を放つ者は踊り子となって舞い放つ水滴が一枚の絵画のように鮮やかで美しいものでした。 「・・・・・・」 文字通り、言葉が出ないとはこのことではないかと思いました。 それ程に美しかったのです。風に乗って甘く香る花々の中で舞う踊り子が。 荒々しく炎を操りながら快活な笑顔を見せる若者が。 眩しいとさえ感じるその光景に、目を奪われて初めて山を登る前に宿の店主から聞いた噂話を思い出しました。 けして治すことの出来ない奇病。 私が目にした光景が、その奇病であるかは分かりません。 ですが、(ろう)国には今までとは違った光景が広がっている。その事だけは確かです。 質問に対する返信として送られたこの書状を目にした当時の医師団と諸侯達はさぞや驚いたに違いない。 まさか、北の僻地とも呼ばれる村で、このような光景が広がっているなんて。 それを知った各地の医師は伝書鳩を通じ、各地にその情報を拡散しそれぞれの地でその症状について詳しく調査することを決めたのである。 だが、その力が今度は仇となり、物珍しさから見世物にする目的の人買い達が挙って彼らを探し出し、村を襲い誘拐や略奪を繰り返し始めたのだ。 『奇病は消えていなかった』 『むしろ以前よりも酷い状態になってしまったのではないだろうか?』 『あの村もこの村も盗賊に襲われたらしい』 『王は何をしている?』 『このままでは国が潰れるぞ』 噂が噂を呼び、瞬く間に奇病が蔓延した国は荒れ始め、奇病に感染していなかった国民が、我先にと国を去って行ってしまった。

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