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伝説となった戦いのはなし-3
王都を始め、どの諸侯もその事に心を痛め、何とか事態を打開しようと策を練り行動に移したのだが、怯え逃げる国民の感情は変わらない。
それどころか、賊となって王都に攻め入り貴族の屋敷や商家に押入って略奪を行う者まで現れ始めてしまい、ますます治安は悪化の一歩を辿ってしまったのだ。
もうこの国にはいられないと、隣国へ走る難民の数はうなぎ上りに続々と膨れ上がり、中には感染した事を隠したまま逃げる者も少なくなかったため、そぞろ歩く難民たちの中で感染者を引きずり出しては斬りつけ、排除し始める者まで現れ始めた。
困り果てた狼国の王は諸侯を通じ、他国に対して国の現状と困窮について書状を出すことで、なんとかそれを広めようとしたのだが、民が我も我もと自国を逃げ出したものの、奇病の原因も治療法も分からないとあっては、どの国も各州に建つ関所の門を容易に開けることは出来ず、業を煮やした民達が一斉に蜂起するという最悪の道を辿ることになってしまった。
こうなった時の民の団結力はすさまじい速さで隊列へと広まり、各地から一斉に運んだ大木を使い関門の扉を破壊しようとする者、持ち寄った道具で梯子を造り、強固な石の壁をよじ登ろうとする者まで現れてしまった。
石を包んだ布に油を浸し、火を点けて関所へ向かって必死に投げられたとあっては、たまったものではない。
「壊せー!」
「全員で押せー!」
「上の兵を引きずりおろせー!」
わぁわぁと激しい喧騒は関所を超え、町まで響いてくる。
その声に怯え逃げ惑う民が一斉に城に向かって走る様を見下ろしながら、隣国に位置する豚国の颯史候 を始め、州牧達は暗い表情を隠せなかった。
「どうされますか・・このままでは・・」
年若い州牧の額からは汗が浮き出て明らかに顔色が良くない。
だが無理も無かった。
この関所の外には自国を捨て逃げ惑う難民たちが我も我もと集まり、暴徒と化してしまっている。
豚国の王都までは三つの関所があり、高い城壁で囲まれた関所の門をくぐれば、その先は州都だ。
王都へ向かうには関門を抜け街へと入り、また次の州へ向けて長い道のりを歩いて行かねばならない。
恐らく彼らが向かう土地は皇帝が座す王都だろう。
そこまで行けば、どの難民も役所にて市民権を得るための民札 と呼ばれる居住証明書の発行手続きを受けることが出来る。
それまでに食い止めねばならんとしたら・・?
「・・・・・・・・・・・」
颯史候 は眉間に皺を寄せたまま、深く瞳を閉じた。
叫び攻撃を仕掛ける音は未だ止みそうもない。
「・・・今はまだいい。何とか耐えられるだろう・・だがもし・・万が一にでもここを突破されたら?一斉に飢えた民がこの地へ雪崩れ込みでもしたら・・?」
「・・・・・・・・・」
颯史候 は重だるい息を吐き出すと天井に視線を向けた。
息を飲むように見つめる州牧達の表情は未だ変わらず、直立の姿勢で彼の言葉をジッと待っているようにも見える。
「治安がどうのと甘い事を言っている場合ではない・・」
「颯史候・・」
「・・分かっている。気は進まんが、やむを得ん・・」
恐らく、何処の国も同じことを選択するだろう。
そうして、どの州の兵も武器を掲げ、彼らに対して応戦の意を示したのだった。
「・・・・・・・・」
向けられた弓矢と投石は容赦なく民へと向けられ、悲鳴が石壁の外を伝い中へと届き、やがて関門の外には血だまりの中で倒れる民の亡骸が一人、また一人と増えていった。
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