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伝説となった戦いのはなし-4
すべての国の兵が、王が、権力を持ちながら応戦に考えを変えたのは、やはりその奇病が何処から来たもので、どのような治療法が必要であるか、その点がはっきりしなかったせいだろう。
また難民も感染していなかった者が多くいたとはいえ、難民の中に感染者が幾人も混ざっていたという事実がかえって仇となり、排除するという選択でしか対処する事が出来なかったのかもしれない。
そうして手を出すことを躊躇い、ジッと事態を静観していたものの、事態を重く見た鬼灯、珞、海凜の三名の仙がこのままではいかんと重い腰を上げ、荒れていた狼国全ての地を浄化することを決めたのだった。
その昔、魔族の長を封印したその地に降り立つ影が三つ。
空は薄暗く、時折雷が鳴っていた。
「私は気が進みません」
「まだ言っているのか。海凜。我らで話し合って決めた事だろう」
「・・・・・・・封印したこの地を、また訪れることになるとは・・」
「・・・・・正直言って、ここにはもう来たくなかった・・・」
そう話す海凜の瞳が揺れる。
当時、封印に使用した太刀を大事そうに抱く彼の表情は暗く、それを見つめる他の二仙もまた同じだった。
「出来ることなら、静かに寝かせてあげたかった・・」
「海凜・・」
「髪の毛ひとつ・・残らなかったなんて・・・」
海凜の整った形の良い眉が歪む。
澄んだ水で覆われた彼の瞳が悲しそうに揺らぐその後ろにて
「あの日、我らの力を以てしても奴の呪いを解く事は出来なかった・・これは我々の落ち度としか言いようがない」
と、彼の肩に手を置きながら話す鬼灯の髪が風で揺れる。
布で覆われたその奥の表情を読むことは難しく、隣に立つ珞もまた何とも言えないといった表情で海凜に視線を向けた。
「・・・そうだよ。責任は我らにある。・・海凜・・」
「・・・・・・どこまで浄化が出来るのかは分かりませんが・・・」
「・・・ああ。やってみよう」
そう話すと、海凜は太刀を包んでいた布を静かに剥ぎ取っていく。
柄しか見えないその刀に三仙が同時に触れると、途端に光が柄全体を覆い、橙色と水色を交互に放ちながら空に浮かぶ太刀を前にして、三仙は互いに顔を見合わせると、伸ばしていた自身の片腕に向かって勢いよく手刀を放った。
「・・・・・」
同時に顔を顰める彼らの裂けた皮膚と肉から流れ出る血を、刀が吸い上げるように飲み干していく。
刀が血を飲む度にドクンドクンと刀から心音が生まれ、フワフワと浮いていた柄の先が網の如く横に広がった。
橙色と水色の光を放ちながら浮き上がったそれは、ゆっくりと彼らの頭を超えて、空全体を覆う様に動いている。
『もう少しか・・・』
『・・・・・・・・・』
『・・・・・・・・・いいぞ、そのまま上がってくれ・・』
やがて柄が雲を覆い、その先へと向かおうとした刹那、それまでゴロゴロと唸っていた雷鳴がピシャリと轟き、まばゆい閃光が伝う様に走る。それさえも構わないといった様子で柄が、ゆっくりと空高く舞い上がって行った。
それを見上げながら三仙はただ祈る。
全てはこの地に残り根を張る呪いを解く。ただ、それだけの為に。
生を持った全ての民の為に。
『・・・・・良いぞ・・・・』
『そのまま・・』
『・・・降って!・・』
やがて曇っていた灰色の空の隙間を縫う様に雨が地上へと降り注いだのは、それからすぐの事だった。
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