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伝説となった戦いのはなし-5
乾いた土に落ちる一滴、全てを潤し浄化するその水滴がひとつ。ひとつと円を描いていく。
「なんだ・・?」
「雨・・?」
「あたたかい・・」
「なんだか不思議ね・・光っているわ・・」
「ねえ!母さん!見てよ!雨だ」
突然降りだした不思議な雨は奇病に侵された狼国全土を始め、全ての国へと届けられる。
キラキラと光る雨粒を前にして、民が我も我もと手を伸ばし天を見上げる光景が各地へと広まっていったのだ。
それは奇跡とも呼べる光景だった。
「・・・あれ・・?俺の手・・透けてない・・」
「・・・あ・・私も・・氷が生えてないわ・・」
「どういうことだ?」
「・・・助かったのか・・・?」
国を選ばず、全ての地へと降り注がれる治癒の雨は三日三晩降り注ぎ、暗く澱んでいた全ての土地を潤し、民達の心身もまた同じように癒していった。
その光景を雲の上で見つめながらホッと安堵の息を吐く姿がそこにある。
それは他の誰でもない。珞、鬼灯、海凜だ。
「・・・成功だ・・」
「ああ。そうだ。もう大丈夫だ・・」
「だがこの呪いの血は完全に消えたわけじゃない。恐らく各地でまた広がるだろう」
鬼灯の声に、珞が背伸びをしながら
「大丈夫。そん時はそん時だ」
と身体を捻るような仕草を繰り返しながら無邪気に笑っている。その横で海凜が呆れたようなため息を吐いた。
「・・・相変わらずですね。あなたは・・でも・・」
「うん?」
「でも今は、きっとこれでいい。そう思います」
灰色の雲から降り注がれる透明の雨粒は秘刀の力を受け継ぎ、七色の光を放ちながら全ての地へと降り注がれていく。
治癒の雨露が土を浸し、全ての木々と作物を癒すことで、その地に住まう民もまた同じように治癒の加護を受けるだろう。
七色の雨の量が段々と少なくなり、浮かんでいた柄が黄金色の光を放つまま三仙の前へと降下していく。
降り注いでいた光が段々と失われていくその先を継ぐように、灰色に覆われていた雲の隙間からは太陽の日差しが降り注ぐ光景がはっきりと見えている。
それは新しい時代への幕開けを告げる証のようにも見えた。
「・・・・ああ。刀が戻って来たな・・・」
「・・・本当に良かった」
「ええ。お疲れさまでした・・」
カランと落ちた刀を見つめる三仙の表情は、穏やかで優しいものだったが、大事そうにその刀を持ち上げてすぐ、海凜のその表情に緊張が走った。
「・・・どうした?」
「・・・柄が・・割れている」
「・・・何?」
海凜のその言葉に珞と鬼灯が互いに顔を見合わせた。
「「・・・・・・まさか・・」」
そうして彼に駆け寄ると同じように刀に視線を向けたのだ。
「・・・・・」
派手な宝飾は施されていない、鍔の無い柄のみの刀。その先が小さくひび割れている。
ぱっと見ただけでは気付かない。それ程に小さく目立たない傷を前にして三仙はサッと血の気が引いた。
そうして先ほどの光景を思い出し、同時に『アッ!』と声をあげたのだ。
「・・・・まさか」
「先ほどの雷か・・」
「・・・そんな・・割れるなんて・・」
「この刀は門外不出だ・・欠片とはいえ・・我らの血をたっぷりと吸っている。恐らく、光と共に形を変え、地上へと落ちたのだろう・・」
「どうする?」
珞の声に鬼灯はただ首を横に振るしかなかった。
「・・・残月の欠片が光に変わればもう手を出すことは不可能に近い。小石よりも小さな欠片が光となって雨と共に流れて落ちてしまっては・・」
「・・・・この刀は私が管理します。そして海底の私の屋敷の奥に封印しようと思います」
「海凜・・」
「誰も結界で覆った水底の私の屋敷まで手を出しには来ないでしょう」
「・・・すまない。頼めるか・・」
「ええ。お任せください。それにしても・・まさか・・ひび割れるなんて・・」
「それ程に我らの力が増したという事だろう」
「・・・・そうだろうか・・」
鬼灯の声に珞の表情に僅かに影が差す。その顔はお世辞にも喜んでいるようには見えない。
「珞?」
「だってそうだろう?あの戦いから軽く五十年は経過してる。この地が変わるように、刀に秘められたこの力との相性だって変化する事があるかもしれない。我々の力が増した点は否定しない。おそらくそれもあるだろう。だが・・・」
「・・・・・・・・」
「・・・・いやな予感がする。このまま何事も無ければいいが・・」
暖かい陽射しを受けながら、雲の影浮く地上を見下ろして、珞は眉を顰めたまま重い息を吐いた。
「・・・・・・・・」
ひび割れた欠片とはいえ、自身の意思を持ち動く刀。残月。
今は小さな光だが、やがてそれが力を増し膨らんで自らの意思を貫く存在となったとしたら?
今は形が無いかもしれん。だがもし本当に、そのような時が来るような事があるとしたら?
『身震いせずにはおれんな・・』
そうまで考えて、彼は何度も唾を飲みこみながら、遥か先の世を案じずにはいられなかったのだ。
暖かい風がふわりと彼の頬を撫でる。だが、彼の表情は未だ重く暗いままだった。
『大きければその力を抑えることはそうそう難しい事では無いかもしれぬ。だが、幼子の如くこれからすべてを学び吸収し、成長を遂げてしまったら?』
「・・・・抑えることが・・出来るのだろうか?」
ぞくりと背筋が強張る。
彼は瞬きを繰り返すと踵を返すように天上の空高くへと昇って行った。
それから五十年後・・・。
「おめでとうございます!とても愛らしい姫君でございますよ!」
雷鳴轟く深夜、王宮にて芺公の下に待望の御子が生まれた-。
その御子の肌は絹繭のように美しく、そしてどこか妖艶さを秘めていたという・・。
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