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桂樹が『彩』家を名乗れなかった理由と国の歴史と-3
あれから、皇帝暗殺の犯人を捜す目的で開かれた査問会のその後の捜査も進むことはなく、王の暗殺未遂事件は犯人の目星がつかないまま、国は四つに分断され、
豚 国と猪 国との国境に近い北部は王の伯父である葵公。
魚国 と龍 国との国境に近い東部は桂樹の父である彩公。
海に囲まれた南部は王の叔父である芺公。
豚国との国境に近く海に囲まれた西部は親族である黒公。
が治めるという事が正式に決定され、それぞれの領地をそれぞれの公が王となり国を創る事で利害が一致する形となって、気がつけばその事件はすっかり人々の脳内から忘れ去られてしまっていた。
その後、彩家の王宮にて働く臣下達の間で奇妙な噂が流れ始めたのは、先王の第二子である霜樹 が王位を継ぎ、次々と妻を娶って六年が経過した頃だった。
二十歳で成人の儀を迎え、先王の意思を継いだ後、戦続きだった日々も落ち着きを取り戻し、
穏やかな日常を過ごしていた王の下へと臣下達が次々と訪れた事があった。
理由は他でもない。いわゆる『お世継ぎ問題』である。
最初は気が進まなかった王も、これからの国の繁栄と世継ぎの事を心配した部下たちの助言を耳にするうちにやはり必要だろうとの考えが勝り、齢二十三を迎えた秋の頃、彼は正式に妻を娶る事にしたのだ。
当時は誰もが祝福した。
霜樹 陛下は精悍な体つきとは裏腹に性格は物静かで落ち着いていて思慮深く、誰よりも臣下と民の事を考える。そんな名君であったからこそ、彩国の民はこの国の平和と安定。
何よりも新しい王と姫君の幸せを喜んだ。
王のもとに嫁いだ第一王妃の婀姫 は派手な装飾を好まず、衣も質素ではあったが慈悲深く聡明な女性であったので、霜樹 は一目で恋に落ちたという。
だが、第一王妃である彼女が子を身籠ったことをきっかけに、幸せだった日々に亀裂が入り始めた。
それはまるで硬い氷にヒビが入るような小さな傷であったことは確かだが、段々と月日が経過するにつれて、臣下達の間で奇妙な噂が流れ始めてしまったのだ。
その噂とは、王の下へ嫁いだ第一妃をはじめとする全ての姫が生んだ御子は人の形をしておらず、獣の耳が生えていたり、腕に最初から魚のような鱗が生えていたりと実に奇妙な姿で世に生まれてくるという。
それだけではない。出産と同時に肉体が火に包まれ業火の中で御子と共に亡くなった姫君もいるらしいといった実に奇妙な現象が立て続けに起こっているというものだった。
最初、その噂を信じた者は誰もいなかった。だが、王妃が御子を身籠った後、無事に生まれた御子は一人もおらず、たちまち王宮内は澱んだ空気に満ち溢れてしまった。
蝋燭の火がジジジと揺れる。仄暗い風が影と共に大きく動いた。
「・・・・・・・」
正室の他、何度も側室を迎えては死産と流産を繰り返すという衝撃を味わって、気がつけば六年もの歳月が経過してしまっている。齢二十九となった王は一人、部屋の中で蹲るように頭を抱えていた。
彼と同じほどの歳の臣下が一人。目を伏せるように彼の前で膝を折っている。
「・・・・・・酒を・・頼む・・」
「・・陛下・・」
「・・・・・」
「お言葉ですが、これ以上飲まれてはお体に障ってしまいます。お辛いでしょうが・・どうか・・」
「・・・・頼む・・・」
「・・・・・・・すぐに用意してまいります・・・」
「・・・嗚呼」
今度こそはと思っていた。一度ならず二度どころか、立て続けに幾名もの王妃が亡くなったとあっては、悔やんでも悔やみきれない。
愛すれば愛するほど離れて行ってしまう。
何度酒を呷るように流し込んでも上手く酔えず、いっそのこと侍女や年若い官吏に手を出してしまおうかとも考えたが、いやいやそれはならぬ。それはしてはいけない事だと自分を律しながらも、彼は頭を抱えずにはいられなかったのだ。
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