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桂樹が『彩』家を名乗れなかった理由と、影に潜む思惑と
時同じ頃。
「・・・なんという事だ・・またか・・またなのか・・」
「・・・・これで何度目だ?何度目になる?」
「・・王妃様も不運な事だ・・一度は身籠ったとしてもあれでは・・」
「ああ・・」
「・・・こうも立て続けに不幸事が続けば、いずれ王宮の外へこの話が漏れてしまうだろう。その前に何とかせねば・・」
「確かにそうだな、噂が真実であったと伝わればこの国へ嫁ごうとする姫君は、どなたもいなくなってしまうやもしれぬ」
「・・・まずいな・・」
ぼそぼそと話す官吏達の話を耳にしながら、影が蠢く。
『・・・・・やはり噂は誠であったのか・・・』
『ええ。そのようです』
『どうされます?芺公?』
『どうもこうも・・・気は進まぬが仕方がない・・』
『・・・では予定通りになさいますか?』
『・・・・・・』
『・・?』
『国に戻る前に行きたい場所がある』
『・・・・御意に』
その声は小さく、闇の砂に溶けるがごとく消えて行ってしまった。
そうして一年後の冬の朝に芺公の第一公主。麗姫 が彩王霜樹 の第ニ妃として王家に嫁いだのである。
「・・・ん・・・」
深夜遅く、国へ辿り着いた姫君を厚くもてなす声が聞こえる。
その声に誘われる様に窓に近付けば、明るく笑う子供の声が大きく響いた。
「・・・まぁ・・・」
温暖な地に降る雪は珍しく、キラキラと朝日に照らされ輝く綿に歓喜し、幼子と共に雪を眺める民達の姿がちらほらと見えるその地にて、公主がその瞳で見た景色。
それはどの宝物よりも美しく輝く鉱石のように彼女の眼に映った。
「・・・・・・」
ぎこちない仕草で窓を開ける。
途端にひんやりとした冷たい空気が部屋へと届いた。
「・・・・美しいわ・・・」
王宮の庭も木々も土壁も、全てが白く染まる。
麗姫 は澄み切ったその空気を味わう様に何度も息を吸い吐いた。
「・・・・・・・・・・」
ここから始まる。そう思う事ができればどんなに良いか・・。
そうまで話しかけた声を自身で飲み込む。
告げそうになった声は、そのまま吹いた風と共に奥地へと飲み込まれていってしまったのだった。
「・・・・・・・・・・」
軽く昼食を取った後、侍女に命じられるまま麗姫 は廊下を歩いていた。
広い建物ではあるけれど、着いて過ごした王宮とは違い、後宮の中は派手とは無縁の質素な部屋が何処までも続いている。
「・・・・・・」
「お疲れではございませんか?」
「え?・・ええ・・」
「それはようございました」
どの侍女も態度が何処か、余所余所しく素っ気ない。
誰が見ても歓迎されていないのだと分かるその空気に、彼女は重い溜息を心の中で消化しながら侍女の背中に視線を向けた。
『・・・・覚悟はしていたけれど・・・』
そう思いながら一歩ずつ足を進める。全ては国の繁栄の為に。
想いを飲み込むように、彼女はただ足を勧めたのである。
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