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2人の出会い(3)

神社側は当惑していた。 大切に育ててきた千早を生贄に差し出すなんぞ、誰がどう考えても納得いかなかった。 だが、ここでは村長(むらおさ)の意見は絶対。 逆らえば、例え神社を預かる者達とはいえ、どんな仕置きが待っているやもしれない。 差し出さねばならぬのは1週間後の祭の日。 それまでに何とか千早を助ける手立てはないのか。 額を突き合わせ、神主達は話し合った。考えても考えても、話し合っても話し合っても、出てくる答えは一つしかなかった。 白香は悔しさの余り、血の涙を流し食欲も失せた。 乳飲み子の頃から大切に大切に我が子のように慈しんできた千早を村の勝手な理由で失うとは。 持って行きようのない感情は、どす黒い痛みとして心に溜まっていく。 そんな彼らの様子を千早は申し訳ない思いで見つめていた。 自分のせいで、かわいがって育ててくれたみんなが苦しんでいる。 元々ない命を救ってもらったんだ。 その命を恩返しで使えばいいだけのこと。そうすれば、みんな何不自由ない暮らしができる。 千早の心はもう決まっていた。 龍神様に食べてもらおう。 神さんのところへ帰るだけだ。 今夜もまた、自分のために皆が頭を悩ませている。 蝋燭の明かりのみが灯る部屋の障子を開けた。 「千早…」 千早は廊下に正座すると頭を下げた。 「どうか私を龍神様の元に行かせて下さい。 今まで大切に育てて下さり、ありがとうございました。」 「千早…」 「千早…」 「何故…」 「もう、十分です。 元々なかった命を今日(こんにち)まで継ぎ足していただきました。 私は喜んで龍神様の元に参ります。」 晴々とした顔で微笑む千早を見つめ、皆、声を殺して泣いた。 こんな選択しかできない無力な自分達を責めていた。 白香は放心状態で、ただ千早を見つめるのみ。

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