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2人の出会い(8)

千早に風が当たらぬように潰さないように注意しながら、そっと両手で包み込み、その身体を煌めかせながら龍神が去って行った。 あれ程真っ暗だった空が嘘のように晴れ渡り、雲一つない青空が広がった。 山の麓に集まっていた村人達は、龍神が空の彼方へ消えゆく様を固唾を飲んで見つめていた。 誰もが初めて見る龍神の煌めきに驚嘆の声を上げ、平伏し、千早が生贄としての役目を果たしてくれたことに安堵し、これでこの村は永遠に安泰だとささやき合った。 後始末をしに山の頂きに登ってきた者達が見つけたのは、千早が書いた文だった。 彼らが慌ててそれを村長に見せると、彼は 「これで娘達の命を守ることができて、龍神様の守護も取り付けた。」 と、まるで自分の手柄のように言いふらし、それでも千早に対する罪悪感からか、神社の隅に小さな祠を立てるように指示した。 忸怩(じくじ)たる思いの神主達は、それでも千早の行為と気持ちを汲んで、唇を噛みしめながらそれを受け入れた。 千早が喰われたのではない、ということが、彼らの唯一の救いであった。 ただ、中でも白香の怒りは凄まじく、あの穏やかな顔は見る方もなく憤怒に満ち、千早を失って以降村人の前に姿を現すことはなく、知らぬ間に何処かへ姿を消してしまったという。 その白香は自らの最期を迎えるにあたり、誰にも内緒で儀式を決行した。 知る人ぞ知る『裏祈祷』という世にも恐ろしい呪術である。 全国のごく僅かな神官しか知らぬ秘法中の秘法。 白香は残りの人生全てをその『裏祈祷』を修得することに費やした。 ツテを頼り秘密裏に全国の神社を訪ねて、『裏祈祷』のことを聞いて回った。 それが噂になり、門前払いをくらうことも多々あったが、中には世の中に恨みを持つ者もいて協力してくれた。 そして…誰にも知られることなく、白香は自らの命と引き換えに『鬼』と化したのであった。

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