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戦いの記憶(1)

結界の中で、千早の切なく甘い声が暁の耳朶(じだ)を打つ。 緩やかに寄せては返す波のように、優しく穏やかに、そして時に激しく。 溢れる涙を拭おうとはせず、千早はただただ暁を感じていた。 今抱かれているのはいつの時代の私なのか。 私の記憶の中か、それとも今、なのか。 甘い気を吐きながら、過去世の自分達の姿が走馬灯のようによぎっていく。 初めての時は、ひたすらに翻弄された。 何度も輪廻転生を繰り返しても、他の誰かに心を奪われようとしても、必ず見つけ出されて結ばれた。 千早は人の子ゆえ、暁よりも先にその人生を終えてしまう。 愛するひとを残して逝かねばならぬこの思いを二度としたくはないと思いながら、千早は暁に逢いたくて結ばれたくて、何度もこの世に生まれ変わってきた。 転生のタイミングが合わず、結ばれない時もあった。 それでも長い時を暁は待ち続けた。 待って、待って、ひたすらにひとりで待ち続けた。 最初、千早は生贄として暁に供えられたが、番として迎えられ、仲睦まじく暮らしていた。 ところが、突然事件は起こった。 この世を我がものにしようとする者達が、大雨を降らせ大地を揺らし、この世の全ての命を奪おうとした。 それを阻止しようと、暁をはじめ心ある神々がそれらに立ち向かった。 無論、微力ながら千早も。 逃げ惑う人や動物達を守りながら、暁達は自分の命をも顧みず、必死で戦った。 防御しながらの攻撃は、意識が分断され集中できにくい。 卑怯なことに、相手は多くの者達の命を盾にして戦いを挑んでくる。 町や山は焼け焦げ、川や湖は干からび、大地は割れて、そこら中から死臭が漂っている。 この世の終わりだ 誰かが呟いた。 それ程に惨憺(さんたん)たる地獄図絵が広がっていた。

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