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第6話

◇◇◇ 遡ること一週間前 「ここか・・・。」 不意に聞いたことのない低い声が聞こえた。 ここには啓太しか居ない。丁度今、啓太の視線は玄関に注がれている。扉が開いた気配すらない筈なのに。もう、ここに誰かが帰って来ることはない筈なのに。 啓太はゆっくりと後ろを向いた 彼の後ろはベランダになっている。 ここはマンションの3階。侵入することがほぼ不可能な場所だ。あり得ないと頭でわかっていても、現実は違う結果を突き付けていた。 宙を浮いた人が室内に居た 服や髪は、闇に溶け込んだような漆黒。対照的に肌の白さが存在感を際立たせていた。 「・・・お前、私が視えるのか?」 闖入者は啓太が自分を見つめていることに気付き、声を掛ける。啓太はゆっくりと無言で首を縦に振った。すると闖入者は啓太の許へと近づき、床に足を下ろした。 「私の名は幻夢(げんむ)。死神だ。」 「死神・・・。俺の魂でも狩りに来た?」 闖入者の名前と役割を知った啓太だが、さほど驚きを見せなかった。むしろ、現状を受け入れているようにすら感じる。夜に電気も点けず、死んだ目をして縮こまっていた。まともに食事を摂っていないのか、身体もやせ細っていた。 ―こんなにも死に魅入られている人間は久しぶりに見た 死神という仕事は主に、寿命が来る人間の魂を狩ること。そのため、生きている人間は彼らには視えることがない。けれどごく稀に、寿命の来ていない人間が死を強く望んだ場合には彼らの姿が視えると言われている。だが、そんな状況に遭遇した死神は滅多におらず、冥界の噂話くらいの信ぴょう性だ。 「お前の魂を狩るつもりはない。が、こうして面と向かって話をするのが久しぶりで、私も興奮している。お礼に、お前の願いを叶えてやろう。」 「願い・・・?」 「そうだ。例えば、兄を生き返らせてやる、とか。」 幻夢は生身の人間と話が出来たことに気を良くしたのか、啓太に甘い誘いを乗せる。その言葉に啓太の目が一瞬揺らいだ。そして再び幻夢が口を開いた途端に、啓太は瞠目した。 「ただし、対価は居るがな。お前の魂がその対価だ。」 幻夢は啓太を指さしてそう言った。啓太は、俺の魂、と舌で転がすように言葉を反芻した。数秒の後、啓太は幻夢の方に向き直ると力強く口を開いた。 「いいよ。兄さんが生き返るなら、俺の魂をお前に差し出しても良い!」 口調だけでなく、瞳に光が宿った啓太の姿を見て、幻夢は極悪人のような笑みを見せた。寿命のある若者をあっさりと掌握出来ることが、堪らなく嬉しかったのだ。寿命のある魂はレアで、死神の独断でむやみに狩ってはならない。けれど合意の上なら、魂を狩って良いとされている。 「契約成立だ。期限は一週間。お前の愛すべき兄は現世に蘇る。その間、この契約内容はお前の記憶から消える。」 幻夢の低く、よく通る声は啓太の耳に淀みなく聞こえた。啓太は契約内容を理解し、わかった、と頷いた。時計の秒針が刻む音が、やけに大きく聞こえる。もうすぐ長針は、頂点を示す短針と同じ場所に辿り着こうとする。 「0時になったら、契約開始だ。・・・良い夢視ろよ。」

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